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2019年9月28日土曜日

おすすめの映画と本「ある船頭の話」



口数は少ないが人間味のある映画


 便利って良い言葉ですよね。
 なんで便利にしたんだ!って怒る人はほとんどいないと思います。
 でも、便利になっていくにつれて、失われていくものもある。その失われていくものは、実はとても美しいけれど、人間のように喋らないから、静かに消えていく。
 そんなことを感じさせられるのがこの作品、「ある船頭の話」です。
 まずは、予告編を観てみましょう。


 予告からも作品の美しさが分かると思います。
 舞台の新潟の川の美しさもそうですが、そこで生活する船頭のトイチさんの生活風景と流れている時間ののんびりさがとても良くてですね。
 川の水の美しさや魚たちの鮮やかさが描かれる前半部があるからこその、ラストの冬の場面でのすっかり変わった感じが際立ってきます。

 視覚的に楽しめるだけでなく、音も非常に効果的に使われてましてね。オダギリジョー監督が映画館で楽しめるように、と配置した声や音楽も凄くてですね。スマホやタブレットで観るのに向いてないし、家のプレイヤーでは再現できない、という、これは映画館で観る意味がある作品です。なんか作品のテーマ性ともリンクしてきますね。

 「風」を連想させる「ふう」という名前の少女との出会いで、トイチという「川」と密接に暮らしてきた人間の人生は変わっていきます。これは劇中の風が吹くことで、川の流れが変わってしまうという台詞と重なりますね。
 川と密接に暮らしているからこそ、あの川の亡霊が見えていたのかも知れません。ただ、あの姿は、映画の後半に出てくるマリア像を邪悪にしたようにも見えるんですよね。もっと言うと、川の中を泳ぐ「ふう」の姿は、川の亡霊と真逆のベクトルの存在にも見えてくるんですよね。

 印象的な場面はいくつかあるんですが、まず、トイチさんの中に渦巻く邪悪な部分。人を殺している時の楽しそうな顔。橋から煙が出てるというのを聞いて走って行ってる時の嬉しそうな顔(ここでの笛の音色が凄い)。一概に朴訥な善人ではないというところが凄くリアルでした。自分の邪悪な妄想が、形を変えども現実になって自分の方へ返ってくるというのがなかなか印象的でしたね。
 また、お客さんから言われた言葉が頭の中で何度もリフレインするというシーン。皆さんも似たような体験はないですかね、あの一言が嫌な意味で忘れられないというかね。

 永瀬正敏さんが演じる仁平のお父さんが死んだ夜のシーンも良くてですね。宮沢賢治の「なめとこ山の熊」を連想させられる命のつながりを感じました。岸から川に出ていく時に飛んでいるホタルたちの姿も良かったですね。
 小屋に帰ってから、誰かのために生きることの凄さを語るトイチさんの姿、自分かわいさで生きている僕からしたら、めちゃくちゃ身につまされましたよ。
 
 最後の冬のシーンは、「橋が出来てからみんなせわしなくなっちまってよ」と仁平さんが言っていたように、便利さを手に入れた代わりにのんびりした時間を失い、あんなに純朴だった源三がすっかり変わってしまってましてね。純粋な良いやつだったからこそ、新しい価値観に飲まれてしまったのかなあ、と想像させられます。
 小屋を燃やして二人で旅立つシーンも凄く良くてですね。
 マリア像を実は作っていたことが徐々に明らかになり、ぼんやりとしか分からないトイチさんの過去から、間接的な贖罪のために「ふう」を守ろうとしていたのかな、と感じましたよ。
 「古いもの」であるトイチさんが、舟に乗って自分たちが居た場所を離れていくのは、声を出さずに消えていく自然たちのようで、なんとも儚い気持ちになります。

 オダギリジョー監督の作った特別な時間。
 映画館を出た後、すぐに家に帰るのが勿体ない、ちょっと近くの川や星空でも眺めて帰ろうかな、と思う作品です。
 それから、この作品を舞台でやったらどうなるかも興味がありますね。
 いやあ、「メランコリック」に続き、面白い日本映画が続いてますね。
 公開される劇場は少ないですが、お勧めの1作です!



※「おすすめの映画と本 メランコリック」についての記事はこちら!
https://oboeteitekure.blogspot.com/2019/09/blog-post_3.html