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2018年11月30日金曜日

10クローネとパン①

泥の中の宝石


 レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説が若い頃に好きで、よく「長いお別れ」や「さらば愛しき女よ」を読んだもんです。いずれも汚れた(もしくは汚れてしまった)世界の中でいかに美しく生きるかを考えさせられる作品でした。( 仮面ライダーWで左翔太郎がよく探偵事務所の経費で買ってるのもこの手の小説です )。

 また、高橋源一郎の「さようならギャングたち」も好きな小説なんですが、マイナスの札をひたすら出していって、最後に1枚のプラスの札で救済がある、というような評論をどこかで読んだんですが、流石に覚えていません。


 豊かな環境にいる時はそうでもないんですが、人間、恵まれない環境の中にいると、どんどん精神が荒んで行くもんです。アメリカ文学のビートジェネレーションの人々も小説がなかったら、はっきり言って、ただヤバい人たちですからね。
 ただ、その世界で道を踏み外さずに「生きていける支えというか、拠り所になるもの」があれば、人はやり直せると思うんですね。ジャンルは違うんですが、映画だと「ランボー」とか「スリー・ビルボード」とか「ベイビー・ドライバー」なんかは、つくづくそれを感じさせられる映画でした。


 醜い世界の中でどうやって美しく生きるか、それがハードボイルドなのかもしれません。


 今回紹介する「10クローネとパン」は元々、2014年にリリースされたAKB48の3枚目のアルバム「次の足跡」の収録曲で、歌唱メンバーも山本彩、古畑奈和、横山由依、児玉遥、藤江れいなという、中々の豪華メンバーなんですが、このアルバムの中で一番、僕が好きな曲です。
 ただ、グループをまたいだ歌唱メンバーのせいで、披露される機会が少なかったんですね。
 特に大サビ前の「僕は目を閉じて走ってる」の山本彩の歌は、主人公の孤独と悲哀を感じさせて、何度も聴いたもんです。いつかまた誰かが歌ってくれないかなあ、という毎日でした。


 時は巡って2016年。
 古畑奈和ちゃんが一人で披露することになります。


というわけで、今回紹介するのは、SKE48 SOLOCON 2016」です。

 歌詞の内容を雑に説明すると、サーカス小屋で生まれた少年が主人公なんですね。「10クローネばかり貸してくれよ、来月には返すから」と始まるんですが、「クローネ」っていうのが北欧とか中欧で使われる通貨のことで、「クローナ」とも言います。たとえば、「アイスランド・クローナ」はいくらぐらいかというと、日本円に換算すると、約0.91円なんですね。えっ、そんなに金ないのっていうぐらい貧しいわけです。

 で、主人公は「街の外れに建ってた古い見世物小屋」に入ってリハーサルをのぞきます。「目の前には眩い電飾が溢れて 僕の知らない世界へ連れて行ってくれたよ」と自分知らない世界を見ることになります。それから、主人公の10クローネの使い道が、おそらく普段とは変わります。


 「10クローネ出せば パンが買える ワインだって手に入る それより僕は 夢が欲しい ウキウキさせる音楽とか 辺りではみたことない 奇抜な衣装を…

「パン」「ワイン」という物理的なものではなく、「夢」「音楽」「奇抜な衣装」という普段の生活と少し離れた明るいものになっている気がするんですが、「奇抜な衣装」というのは、「見世物小屋」の影響があるのかもしれません。

 2番はまあ、ひどいんですよ。歌詞の世界観がね。

 「あの人」が出てくるんですが、これが主人公の父とも取れますし、近所にいるごろつきとも、僕ともとれる歌詞なんですね。


あの人は仕事もせず 昼間から酒飲み 管巻いて 『この世は闇なんだ』と死んだ目でつぶやく 安っぽい絶望さ 死ねばいい


 「酒」を「ココア」にすると完全に僕なんですが、どうやら、この後の歌詞の世界観を見ると、父親の方が有力かもなあ、と考えています。というのもダンサーだった母親が愛人の道化師と逃げて行ったんですね。竹馬を履いて。竹馬・・・。竹馬だと・・・。「マッドマックス怒りのデスロード」の湿地帯に出てきたあれ?と雑なボケでは置いておいて。
 道化師、つまり、ピエロがいるところといえば、サーカスのテントの中。1番で「見世物小屋」に入っていったのは、どこかで母親の影を追っていたのかもしれませんね。 

 2番で主人公が欲しがっているものは「チケット」なんですね。

 「こっそり脇から 入るんじゃなく 正式に入口から 未来に向かおうか」と1番でこっそり忍びこんだ道をやめようと決めるんですね。

 で、ここからがこの曲の神髄なんですが、「呼吸をする度 白い息 それは僕自身 まるで 一つの宇宙が現れて 神の掌の上」と一旦、現実世界を離れるんですね。しかも「白い息」という現れて消える儚い物に自分をたとえています。「一つの宇宙」とは内面でしょうか。


 「いくばくかの金なんか 意味がないんだ 生きる意味を探せ パンやワインなんかより大切なもの アイデンティティを思い出せ

 ここまでの1番2番のサビを踏まえて、自分の精神性の方に向かうんですね。
 
そう 僕は目を閉じて 走ってる

 目に見える実存的な物に左右されずに、「生きる意味」や「アイデンティティ」を大切にしようと読み取れるんですが、いや、実際は苦しいよね、という現実にも読み取れそうなんですね。前者の方があってそうですが。

 そして、サビを挟んで「正式に 入口に 未来に向かおうか」で終わります。

 ソロコンでこの曲を歌う古畑奈和ちゃんの表情が良いんですね。1曲前に「孤独なバレーナ」の多重奏をやって世界観を完全に作り上げてからのこれなので、完全に自分の場を作っているわけです。で、「10クローネとパン」は本店のリクエストアワーとかを見ていただくと分かると思うんですが、わりと大人しく歌う曲なんですが、ガンガンに踊るんですね。「流石はSKE48だぜっ!」と嬉しくなるんですが、わりと枯葉のステーションっぽい衣装なんで「大丈夫か?」と心配になります。しかし、流れるような動きで奈和ちゃんは踊り切ります。しかも、振り付けがかなり歌詞とリンクした振り付けになっているので、そちらも注目してほしいです。特に最後の「正式に入口から 未来に向かおうか」がどんな振りつけかも。ひょっとすると、それまでの激しい動きは、世界の醜さと内面の葛藤を表しているのか、と思うぐらいです。

 この曲、「呼吸をする度」からの冷たさが、良いんですね。
 もう、イントロから曇り空みたいな音から始まるんですが、この曲中の世界はたぶん、晴れてはいないんだろうな、と「呼吸をする度、白い息」だから、雪が降っていたり、寒い地域なんだりするんだろうな、と景色が浮かびます。
 で、その極限が「呼吸をする度」からの部分で、「僕は目を閉じて 走ってる」で音は消えます。

 この曲、雪の降る帰り道、しかも、学校や職場でよろしくないことがあった時の帰り道なんかに聴くと、主人公との一体感が凄いです(関係ないですが、雪の日に階段で寝転がると「ブレードランナー2049」ごっこもできるよ)。「苦しい」という現状をとことん感じさせてくれます。


 たぶん、人間なので、皆、道を踏み外しそうになったり、なんなら今、踏み外し中だったりするかもしれません。そこまで言わなくても、苦しい状況になることはあるんじゃないでしょうか。苦しくなればなるほど、思考も鈍くなったり、余裕もなくなります。苦しい毎日に彩りを加えられるのは「音楽」のような芸術だったり、「奇抜な衣装」が見られるイベントだったり、生きていき続けるための「夢」なんじゃないでしょうか。それが最後の支えになるはずです。


 「正式に未来に向かう」というのは、簡単なようで、難しいと思います。「安っぽい絶望」に浸っている方が楽です。それに、多くの人は「金」や「パン」」の方に手が行くのではないでしょうか。今の暮らしで精いっぱいで。2018年11月現在、無職の僕は、今めちゃくちゃ「金」と「パン」が欲しいですもん。「ウルフ・オブ・ウォール・ストーリト」大好きですもん。でも、それだけにとらわれてしまうと、「金」とか「パン」の本質を見失ってしまう気がしてなりません。何のために「金」や「パン」があって、自分の「アイデンティティ」は何で、何のために生きるか。「あの人」のように「安っぽい絶望」に浸らずに未来へ向かえるか。

 凍え切った世界の中いる青年の答えは、きっとなによりも強く輝いているのではないでしょうか。