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2019年4月8日月曜日

おすすめの映画と本⑪「カモフラージュ」



偽るための理由は何か


 ※本記事は前半ネタバレなし、後半からネタバレありでいきます。

 いよいよ松井玲奈の短編集「カモフラージュ」が発売されましたね。
 まだ未読の方は一瞬で掴みとるのさ、ARE YOU READY?





 さて、本作は6つの短編が収録されていますが、そのうち3作は本作のための書き下ろし。「小説すばる」に掲載された「拭っても、拭っても」、「ジャム」、「リアルタイム・インテンション」に加えて(『小説すばる』掲載順)、「ハンドメイド」、「いとうちゃん」、「完熟」が書き下ろしで収録されています。

 各作品、何も入れずに1回読んで、オチまで分かった上でもう1回読むのがお勧めです。
 とにかく、彼女独自の人間の肉体への描写が好きでしてね。
 ああ、そういうところに目が行くのか、とか、そういう風に身体の部位を感じることもできるか、と感じることができました。
 あと、読んでたら、色々な食べ物が出てくるんですが、それがそれぞれ良い味を文字通り出してましてね。僕は餃子が食べたくなりました。
 個人的には、1週目は「完熟」、2週目は「いとうちゃん」が一番好きになりました。
 皆さんは、どの作品がお好きでしょう。この辺りはみんなの意見が聞きたい。
 ちなみに単行本には、集英社の新刊案内の冊子が入っていて、松井玲奈さんの写真も。



         【ここからはネタバレありでいきます】

 さて、この短編集なんですが、「カモフラージュ」というタイトル通り、主人公たちが本当の自分を偽って生きているところが描かれています。
 そして、自分が偽る理由が突然生まれたり、崩壊したりしていくように僕には読めたんですね。それが幸せにつながることもあれば、不幸の始まりでもあるし、必要悪でもあるという風にも読めましてね。

 特に「ジャム」は、自分を偽る必要がない無垢な少年が主人公なんですが、ある日、自分を捨てることを始めていくことになる。まるでシュレッダーを想像させる天使の像の中に自分を捨てていく描写は、頭の中で想像すると、なかなかキツイものがあります。そして、それは、人に見られないようにしておいた方が良いというのも感じさせられる終わり方でした。色の変化も素敵で、赤から白へと徐々に移っていくことを連想させられる描写が凄いです。前半のちょっと甘い文章も、後半で価値観が変わってくることで効いてくるんですね。

 「完熟」に関しては、自分の性癖というようなものが物語の最初に出来てしまったが為に、15才の夏に出会った女の人とその時食べていた桃のことを追い続ける男の話なんですが、これが凄く好きでね。15才の夏に出会った女の人とその時食べていた桃が、どちらも思い入れの強いものになってしまっている。そして、気付けばその女の人と似た感じの女性と結婚し、桃を食べてもらっている。ただ、自分の望んでいるものは得られない、本当に手に入れたいものは手に入らないままの地獄。そして、その夫の性癖を感じつつもこのままの関係でいる為に我慢する妻。この二人の関係や価値観は、他の作品と違い、変わらないまま終わるのが新鮮でしてね。これも最初に夫の方の性癖という価値観が作られてしまったからでしょうね。なんか、スガシカオの「アシンメトリー」を思い出しました。




 「ハンドメイド」は浮気相手の彼女が主人公なんですが、会社の同僚に不倫をしている女性を配置することで、実は自分にも彼女の言葉や彼女への言葉が返ってきているというのが、なかなか面白いな、と思いまして。自分が夢中になっている関係とよく似せた人を置くことで、現実的に考えると、自分も同じようなものだと感じさせる気がしましてね。あと、別れることを決意した心理描写は、とても引き込まれる部分です。好きだから、別れる、というのが本当に好きです。

 「リアルタイム・インテンション」は、動画配信者という21世紀だなあ、という職業の人達が主人公なんですが、まあ、前半はいけ好かないわけですよ。僕が普段、動画では「古井ひでおチャンネル」しか観てないからかも知れませんがね。



 てか、オードリー春日なんですけどね。
 後半から自分たちの隠していた部分が露わになっていく過程が面白くて。
 何気なく書かれていた、みんな人の不幸は好き、というのは、確かになあ、と思いましたよ。動画サイトでも「どっきり」とか「ハプニング」とか多いですもんね。プロレスファンの僕も不穏試合大好きですもん。素敵な話だなあ、と思いきや、さらに恐ろしいことが始まりそうな終わり方も良いですね。

 「拭っても、拭っても」は、自分ではなく人によって価値が作られてしまい、それを変えるのではなく、「積み重ね」ととらえる考え方が良くてね。これまでの自分の恋を肯定してもらえるような感じのストーリーが凄く素敵です。出来る風に見せて、実はズボラな感じの主人公を書くのが上手いなあ、とも感じました。

 「いとうちゃん」は、「その手があったか!」というようなストーリーで、とても心が温かくなるストーリーでしてね。最近、太って来たメイド喫茶で働く主人公が、アリスみたいな女子という自分の理想と段々離れていく現実とどう向き合うかの話なんですがね。痩せないのは、今の自分のままでいいか、と思っているというインスタの回答もごもっともなんですが、その後の解決策が本当に良くてね。
 今の自分が周りから認められていなくても、視点をちょっと変えると、必要とされる世界があるんだ、と考えさせられた良作です。

 全編、自分の価値観を揺るがしたり、作ったりするアイテムが出てきましてね。
「桃」とか「絆創膏」とか、日常にあるけど、人によってはこんな意味を持つ物なのか、と思いました。あと、食べるシーンが多いんですが、この辺りはひょんさんのインタビューを聴いてみると分かりやすいですよ!



 うーむ、やっぱり日常での気づきが素晴らしい。
 ちょっと気が早いですが、次回作が凄く楽しみです。
 女優松井玲奈だけでなく、小説家松井玲奈の活躍もこれからは楽しみです。
 最後に好きな玲奈ひょんのインタビュー動画も貼っときますね。