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2022年11月26日土曜日

時間がない①

声という楽器の快楽

 2022年もあと一か月と少しで終わりですが、今年のベスト曲やベスト映画は決まったでしょうか?
 ベスト曲に関しては、また年末ぐらいに発表しようかと思うんですが、まだ映画は考えあぐねていましてですね。今年も面白い映画が沢山ありましたね。今年の日本映画の注目作の一つだった、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」もその一つです。
 村上春樹の「ドライブ・マイ・カー」を原作に、静かな演出で喪失の痛みを乗り越えて行く主人公の心情を描いています。
 主人公の家福さんは、俳優で舞台演出家です。彼は車の中でいつも自分が演じる舞台の台詞を練習します。妻が吹き込んだ台詞をかけて(家福さんが喋るところは空いています)、運転中練習します。この物語ではチェーホフの「ワーニャ伯父さん」が練習されます。
 しかし、物語の3分の1ぐらいで妻は死んでしまいます。
 車に残った彼女の声、そして、専属で運転手になった女性みさき。
 いくつもの言語で行われる舞台「ワーニャ伯父さん」は、ソーニャ役の女性の手話で(また、この手話を顔で追う西島さんの演技が素晴らしい!)幕を閉じます。
 「仕方ないの生きて行く他ないの」
 車の中で流れていた声は、声にならない手話の字幕で家福さんに届く幕切れでした。

 この物語については、既にいくつもの評論が出ているので、興味のある方は是非読んでみてください。
 車という拡張した身体を他者にゆだねることで村上春樹の作品には珍しい傾向にあることを書いた評論や、物語のレイヤーについての評論もあります。ちなみに、僕は前者の評論も後者の評論も好きです。色々なアプローチが出来る作品だと思っています。ちなみに、家福とみさき、ではなく、家福と高槻の物語だという読み方も面白かったです。
 
 車の中で台詞を聴きながら何度も自分の中に落とし込んでいく練習法は俳優のブラッド・ピットもしているそうですし、タランティーノ・監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・ハリウッド」でディカプリオも役の中でそんな練習をしていましたね。
 繰り返し聞く言葉が自分の中に落ちて行く。
 作中で専属運転手のみさきに家福が聞きます。
「君はずっと聞いててうんざりしないか?」
「しません。この声が好きなんだと思います」
 
 この映画では言葉と同じぐらい声についても意識させられます。
 死んでしまっても残る声、知らない言語で読まれる声、字幕を読む時に心の中で変換される声。僕らは様々な形で声を受け取ったり、受け取れなかったりしながら、生きて行きます。
 奇しくもこの「ドライブ・マイ・カー」が受賞を逃したアカデミー賞を受賞したのは、耳の聞こえない両親と兄をサポートする娘が歌うことを夢見る物語「コーダ 愛のうた」でしたね(こっちも素晴らしかったです)。
 話を戻すと皆さんの中にもずっと降り積もってきた言葉や声があると思います。
 ばかばかしい例を一つ挙げると、僕はうっかり欲しいものを買わずに帰って後悔すると「こんな簡単な答えが出てるのに、何故にためらって見送ったのだろう!」とあのリズムで言います。これは「大声ダイヤモンド」が自分の中に落ちていないと、多分言わない言葉ですし、あの曲の中で流れる声が好きだからだと思います。

 さて、今年、印象的な声を意識させられる曲が生まれました。
 チームK2の新曲、「時間がない」です。
 ちょっと聴いてみましょう。

 

 まだ正確な歌詞が出ていないので、歌詞についてのアプローチはまた後日に行おうと思うんですが、タイパを優先する世界において、怖いけれど変化を望む感じかな、と初めて聴いた時は感じました。正確な歌詞を読んでどうなるか、楽しみです。
 さて、この楽曲の発見は、何といってもこれまでのSKE48には無かったメロディの誕生ですよね。
 Night Tempoさんの得意とする80年代のジャパニーズポップスの匂いをさせながらも、チームK2のメンバー一人一人の声をこれでもかというほど、引き立たせる楽曲になっていると思います。
 一度、この曲をMV無しで聴いてみてください。
 いや、分かる、青木莉華さんがカワイイのは、分かる。
 でも、声に注目する意味では、このMV無しの聴覚だけで聴いてみるのがおすすめです。
 いや、分かりますって、青木莉華さんが可愛いのは。
 僕の推しメン遍歴知ってまか?中西優香→岡田美紅→五十嵐早香ですよ。
 そんなのショートカット大人メン大好き人間には、苦しい。
 チャドウィック・ボーズマンを失ったライアン・クーグラ監督ぐらい苦しい、ワカンダ。フォーエバー、略して「ワカフォー」ですよ。




 それでも、悲しみを乗り越えて、声に注目してみましょう。

 声のリレーを思わせる冒頭から、Aメロの江籠ちゃんの声が印象的です。
 個人的に、この曲で( もしかすると新公演で )江籠ちゃんは新しいカードを一枚手に入れた印象があります。それは、江籠ちゃん推しの方やSKE48ファンが彼女の次のステージとして期待していたものと合致するのでは、と僕は思っています。
 そして、水野愛理の歌唱部分ですよね。
 彼女の声って、本当に良くて次に歌唱力の大会があるならば、是非、参加してほしいメンバーの一人です。今の彼女は内側での評価ではなく、そろそろ外に打って出るフェイズではないかと思っています。公演ではソロ曲が来ても面白いかもしれません。彼女のパブリックイメージを少しずらすような。
 で、サビの印象的なリズムですよね。
 最近、僕は仕事が終わってから雑誌の編集作業をする時のプレイリストを作っているんですが、このサビの自分への蓄積は凄くてですね。普段の仕事中もちょいちょい頭の中でリフレインされます。特に「ないない」の部分が。
 そして、不思議と飽きがこない。
 うんざりしないわけです。
 それはメロディの素晴らしさもありますし、声の居心地の良さもあります。
 僕は車の運転をしませんが、きっと夜のドライブ中に流しても、邪魔にならずにかといって味気ないものでもない1曲になっていると思います。

 果たして、この曲が公演初日でどんな感じで披露されるのか、楽しみです。
 西井美桜さん、伊藤実希さんの二人は、MVでは出番が少なかったものの、ダンスが素晴らしいと思いますし、研究生公演ではフロントを務めることも多かった二人なので、この公演で一つ変身することを期待しています。僕はこのMVでこの二人の静のシーンとサビの動のシーンを見て、いや、もっと観たいな、と感じました。
 勿論、青木莉華さんがカワイイのは、分かってるんですよ、ええ。
 こっちもね、卒業した早香先生の応援が優先なので、あれですが、陰ながらチームK2の10期生がどう変化していくかも注目しております。Night Tempoさんという日本や韓国だけでなく、国際的に有名な方だけに、拡散の仕方次第では序列もガラッと変わるのでは、一気に愛される層も広がるのではと思っております。西井さんのキレのあるパフォーマンスや伊藤さんのダイナミックなジャンプは、選曲次第では海外のファンも増えるきっかけになるのではと思っています。
 他にもあーやのこととかも書きたいんですが、一旦ここで終えます。
 聴けば聴くほど、自分の中に留まっていく曲、「時間がない」。
 皆さんは、誰の声が心の中に蓄積されていますか?
 

2022年10月23日日曜日

New Ager

価値観を変えるきっかけを探して

 夏目漱石が、東京帝国大学文科大学英文学科の講師として教壇に立ったのは、1903年の4月です。芥川龍之介は、井川恭に宛てた手紙の中で、「夏目さんの文学論や文学評論をよむたびに当時の聴講生を羨まずにゐられない」ということを書いています(1914年12月21日付けの手紙)。
 ちなみに、漱石の文学論は結構難しくて、僕も学生の頃に一度読みましたが、読んだ記憶があるだけで、この記事の為に再度読み直してみると、認識と情緒に関する部分は、当時聴講生に居た志賀直哉への影響を考えると、なかなか面白かったです。
 ちなみに、漱石の授業は当時の帝大生には、不評でした。
 前任教授が、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)で、「直覚的に鑑賞すべき」という考えの方で(この教えの背景には、教員としてではなく創作者として学生を育てたかったという背景があったことも追記しておきます)教えていました。
 それに対して漱石は、分析的に作品を解剖していくタイプの人だったので、当時の資料を読み解いていくと、漱石は「田舎高等学校教授あがりの先生」とか「居眠りに最初の幾時間を過した」という感じで、反発を受けていました。
 彼の評価を変えたのが、1903年9月から始めたシェイクスピアの「マクベス」を取り上げた講義です。
 講義室はいつも満員御礼になり、「マクベス」の後、「リア王」も漱石は解説することになり、当時、帝大の学生だった金子健二の日記によると、「文科大学は、夏目先生ただ一人で持っている居らるるやうに感じた」と残っています。
 この背景には、川上音二郎一座が洋行から帰り、1903年に明治座で「オセロー」を上演したのが関係しているのでは、と研究者の間では言われています。ちなみに、主人公のオセローの名前は日本人にも分かりやすく、日本人名に変えています。その後、6月に「ヴェニスの商人」、11月に「ハムレット」と年に3回も川上一座はシェイクスピア作品を上演しています。
当時の帝大生たちもこれを観に行き、英文学ないしはシェイクスピア文学の魅力を感じ、それが思わぬところで漱石を助けたのかもしれません。ちなみに、漱石は、イギリス留学中に川上一座がロンドンに公演に来て、観に行かないか現地の同僚に誘われても嫌だ、と断っていたそうです。まさか、自分が拒否したものが自分を救うとは。

 人間というのは、思わぬきっかけで、その人の価値を発見していくものですね。
 その発見の手伝いとなるものと、自分の気づかないうちに出会って通り過ぎている。

 僕はふと、SKE48の「New Ager」という曲を思い出しました。
 まずは、聴いてみましょう。
 公式チャンネルからどうぞ。



 まずは、歌詞の世界から見て行きましょう。
 秋の並木道からこの歌詞は始まります。
 季節の経過の中に「後悔」はないかとふと思います。
 永遠はないから、今というこの瞬間を思う。
 過ぎて行くもの、このままでは入れないもの「青春」というのは、生き物のように変化していくことを意識します。自分もやりたいことをどんどんやっていかねばと曲の主人公は思います。
 2番では1番のように季節という大きい単位ではなく、1日という単位での時間の流れから始まります。陽のあたる時間から星空になる時間になって、やっとお互いの夢の話になります。自分の若さをどう使えば良いのか分からず、一歩目が踏み出せなかったことを「僕」は意識します。
 そういえば、ここで曲の主人公が「僕」であることが分かりましたね。
 サビでは、試行錯誤しながら生きて行くことを誓います。1番のサビで花のたとえがありましたが、それは人間の生き方と重なるのかも知れません、人生が過ぎて行くと新しい自分が生まれていく。
 大サビでは1番のサビが繰り返されますが、2番のサビを受けると、また違った響きがしますね。
 
 曲は王道のアイドル曲で、9期から11期生のメンバー24名が踊っています。センターは11期生の原優寧さん。2001年生まれだから、今年20歳でしょうか。とてもそうは見えないフレッシュな感じですよね。10期生でSKE48の表題曲を務めた林美澪ちゃんとはまた違った雰囲気の持ち主だと思っています。
 
 MVでは、校内フォトコンテストの為に、生徒たちが「写ルンです」で写真を撮っていくという流れですが、「青春」という日々流れ続けて行くものを、写真で一瞬切り取っていく。それは、もう少し視点を引くとメンバーたちのこの瞬間のアウラを切り取ったものかも知れません。
 それぞれの部活もなかなか似合っていて、赤堀君江さん、竹内ななみさん、篠原京香さんがいる美術部とか最高過ぎですよね。
 
 急に僕の話をさせていただくと、SKE48に対する熱量が結構冷めてきているところがありましてね。その理由は結構複雑で、詳しくは「対談集 かける人」を読んでいただきたいんですが、一つ理由を挙げるとすれば、卒業したある10期生の推しの世界観をずっと引きずってしまっているんですね。で、SKE48の新しいメンバーを見せられたり、新しい曲を提示させられたりしても、「いやあ、今はちょっといいですう」という感じだったんですね。小泉八雲の講義をまだ引きずっていた帝大生のように。ただ、この「New Ager」はひょっとすると、川上一座のように僕のようなこじらせSKE48ファンの価値観を変えるきっかけになるかも知れません。もしくは、この曲で価値観を変えられなくても、「思えばあの時、あの曲と出会っていたのがきっかけだったかも」という曲になるかもしれません。
 
 総選挙選抜にまで食い込んだトッププレイヤーたちが全員、居なくなりました。新時代の始まりはいつも意識していないところから始まっているかもしれません。

 

2022年10月16日日曜日

絶対インスピレーション①

ぶつかり合ってSKE48になる


 皆さん、NHKの大河ドラマはお好きでしょうか?

 今、テレビドラマで1年を通して放送されるのって仮面ライダーとか戦隊のスーパーヒーロータイム枠と、この大河ドラマぐらいですよね。

 今年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」もあまりの面白さに毎週、月曜日に「#鎌倉殿のSKE48」というパロディーツイートをしているぐらいです。物語もあと10話ぐらいになりまして、北条義時がいよいよ鎌倉幕府の中枢に位置して承久の乱へと向かっていきます。

 脚本は三谷幸喜さんなんですが「新選組!」、「真田丸」と敗者の物語を大河ドラマで描いてきた彼が勝者のドラマを描くとなり、どんな風になるかと思っていたんですが、大河ドラマの歴史に残るぐらい凄まじい暗黒鎌倉時空が毎週繰り広げられています。

  歴史が根本にあるので、本当に仕方がないことなんですが、主人公の小四郎こと北条義時がどんどん悪くなっていく様子が辛いけど、面白くてですね。三谷幸喜さん自身も特別番組で「残り10話の小栗旬が見たかった」と語っていましたが、手を汚して以下ずるを得ない小四郎の迷いとどこかで覚悟を決めた小四郎の怖さを小栗旬さんが好演しています( ちなみに、僕は山本耕史さん演じる三浦が大好きです )。

 思えば、大河ドラマで主人公がどんどん悪くなっていくものとして、藤本有紀さんが朝ドラで磨いた素晴らしい脚本で描いてきました。主演の松山ケンイチさんは勿論、森田剛さん演じる平時忠もどんどん悪くなっていって、とても悲しい顔でいう「平家にあらずんば、人にあらずじゃ」という言葉は忘れられません。

 悪役には不思議な色気というか、魅力があります。
 演じる人の違う魅力を引き出してくれるといいますか、三池版「13人の刺客」の稲垣吾郎さんや

 個人的には、その悪役サイドからもう一度、光の側に戻る姿が見たかったんですが、大河ドラマなので、だいたい死んでしまいます。果たして、今年の小四郎はどうなるんでしょう?


 なんだなんだ、今日は大河ドラマの記事かと思ったあなた、違うんです。

 これは、「絶対インスピレーション」のMVを観た僕の感想です。

 まずは、公式動画を観てみましょう。

 

 


 ううむ、色々と語りたいことがありますが、まずは、歌詞の世界から見て行きましょう。

 まず、曲の主人公は自動改札の前で目が合った君に、惹かれるところから始まります。ラッシュアワーという沢山の人が行きかう場所で、特別な一人を見つけた感触。それは稲妻に撃たれた時に似ている。「美しい稲妻」もシチュエーションこそ違いますが、似ている感情かもしれません。そういえば、「鬼平犯科帳」のエンディングテーマも「インスピレイション」で、江戸時代の言葉でなんとか表すために「勘ばたらき」と池波正太郎先生は表してましたね。



 さて、話を戻すと、出会ったその日から「君」の姿を僕は捜しつづけます。くそっ、いつもならだいたい同じ車両とかバスの中なのに、この曲の舞台は大きい駅だったんでしょうか。
 そして、主人公は人生の中で続くものと終わっていくものについて意識します。しかし、ぼくは未来を確信しています。何故なら、「君」と出会った時には周りの喧騒が消え、時が止まったように感じた、何かが始まる兆しを感じます。

 で、いきなり大サビ前で時間は未来に飛びます。 
 どうやら、「僕」と「君」は愛し合うことが出来たようです。
 なんでこんなにインスピレーションを語るのかというと、既に成功していた僕が、思い出を振り返っていたわけですね。それを踏まえてもう一度聞いてみると、何かサビの説得力が違ってくる気がします。確かに全部思い出す文体ですしね。

 聴きながら、ふと自分の推しと出会った時のことや、この人を推しにしようと決めた時のことを考えた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 音楽は、小室サウンドっぽいのでてっきり小室哲哉さんかと思いきや、杉山勝彦さんなんですね。僕が欅坂46で一番好きな「青空が違う」の作曲の方ではないですか!乃木坂だと「君の名は希望」や「きっかけ」、「制服のマネキン」の作曲家の方ですね。48グループだと前田敦子さんの卒業曲「夢の河」、NMB48の吉田朱里さんの卒業センター曲「恋なんてNo thank you」、SKE48の「前のめり」など、よく考えると、凄く重要な曲を任されていることが、キャリアから見えてきます。
 そう考えると、この曲がSKE48にとっても重要な曲の一つとなってくるかもしれません。青海ひな乃という新センターの。
 

 次にMVのことですが、「静」と「動」を意識させられる作品で、歌詞の中に登場する「ストップモーション」とのリンクが気持ち良いです。ストーリーは、時を止めたり、みんなをぶっ飛ばしたりする能力に青海さんが目覚めます。青海さんたら、いたずらが大好き(何故か絵本みたいな文体)。青海さん対だーすー率いるSKE48という、映画「怪獣総進撃」以来のあまりにも数が違いすぎるのでは…と言いたくなる対決が繰り広げられます。ある意味、力を手にした青海さんが凄過ぎたというのもあるかもしれませんが。映画「るろうに剣心 伝説の最後編」の志々雄戦みたいなやつですね。
 で、このMVで垣間見せる悪い青海さんの表情が良くてですね(特に3分4秒あたりは背景の色とも合っていてこのまま『鎌倉殿の13人』いけるぞと思いました)。
 あっ、こんな引き出しをこの人は持っていたのか、という発見がありました。
 青海さん以外でいうと隣に並ぶ菅原さんが良かったですね。青海さんと並んだ時のスタイルも引けを取らないですし、ハッと気づく表情の演技が凄く印象的です。
 あと、もし、このMVに強いて望むとすれば、あと2分ドラマパートで良いので尺を増やして欲しかったです。そうすることで、ぶっ飛ばされたメンバーたちの「その他大勢」感が薄れるのではないか、と思いました。たとえば、1番の力に目覚めるパートとかはドラマに回して、その他のメンバーにも光が当たるようにも出来たかな、という気もします。

 勿論、ダンスを通して分かり合えただーすーと青海さんが手を繋いで走るシーンは、凄く良くて、確かに何かが受け継がれた感じがしました。
 このMVで一番印象に残っているのは、開始時には止まっているメンバーたちが映っているだけだったのが、曲の最後には全く同じアングルで「SKE48」という文字が入るところです。ぶつかり合って、受け継がれて、新しいSKE48が動き始めた、という感じがします。
 そして、「静」と「動」で言えば、青海さん自身もそうですね。
 前作では、残念ながらコロナウイルスの影響で選抜入りが出来ませんでした。
 その時の配信がとても印象的です。ファンの前では涙を見せなかった彼女が始めてみせた涙。
「今回、選抜メンバーから外れることになりました。私が1月の上旬らへんにコロナウイルスにかかってしまって。その時がね、撮影の日と被ってしまって。
 今回、選抜から外れるという形になって、なりました。仕方ないのも凄い分かってるんですけど、自分が選抜に入ってたのを知ってたからこそ、悔しいっていうか、凄いみんなが期待してくれてたし、やっぱりファンの方と家族に申し訳なさ過ぎて。やっぱり応援してくれてた人に凄い申し訳ない気持ちでいっぱいです。自分的にもすごい頑張ってたつもりだったから。
 もちろん、カップリング曲のセンターに選んでいただけたことは凄い嬉しいし、嬉しいんですけど…。でも、やっぱり自分的には選抜っていうみんながアイドルとしては、目指す場所に自分がやっぱずっと立っていたかったからこそ、すごい悔しいかなあ。
 ( 中略 )
 目標はもう一度選抜に戻ることかなって自分的には思っているので。だから、これからも頑張りたいなって思っています。
 (中略)
 また、戻れるように頑張ります。
 ただ、ひな乃はめちゃくちゃ悔しいし、絶対戻るので、ついてきて欲しいなって思います。
 (中略)
 逆襲のひながこれから始まりますからね」

 ううむ、こればかりはどうしょうもないことでもありますが、この選抜落ちという「静」を経験した後、青海さんには「愛を君に、愛を僕に」公演が待っていました。多くのセンターポジション、あるいはダブルセンターポジションを任される「動」を経験したことになった彼女は、ここでもう一つ試練を超えたと個人的には思っています。
 公演のセンター、そしてシングル表題曲のセンターへ。
 一見、飛び級のようですが、実は正統派の道でセンターになったのではないか、と思います。


 青海さんを中心とした新しいSKE48、皆さんの目にはどう映っているでしょう?
 「世界2.0」の佐藤航陽さん風にいえば「ベテランが退場する周期は必ず来る。新しい世代の価値にこちらがついていけるか?」というターンがSKE48にも来たのかも知れません( 正確には林さんがセンターだった時に来ていたのかも知れませんが、ベテランの比率はこちらの方が下がっている気がします )。
 インスピレーションを信じて、動きだすターンが今のSKE48には来ている気がします。
 

2022年10月2日日曜日

鎌田さんから考える休みの日の過ごし方

没入と吸収とアウトプット


 皆さん、突然ですが休みの日に何をすれば良いか、分からないということってありませんか?

 いや、毎週予定が入りまくっているという方はいいですよ。

 でも、朝の11時ぐらいに起きた時のやっちまった感や、起きてダラダラとSNSを見てるだけで1時間経っていたということもないでしょうか?

 かくいう僕も2022年から紙の雑誌「かける人」を作る為に、休みの日の方がパンパンに予定が入ってしまい、この連載も5か月ぶりに書いてますよ、お侍さん。

 さて、哲学者の國分巧一郎先生は「暇と退屈の倫理学」の中で、中世ヨーロッパの貴族たちは暇の過ごしかたを知っていたが、庶民たちも暇な時間が出来た時に何をすれば良いのか、分からないという人も多かったのでレジャー産業が入ってきた、ということを書いています。

 誰かから「こういう休み方が良いぞ!」と与えられるわけです。

 しかし、2020年から始まったコロナ禍は僕らに、レジャーだけでなく休み方も改めて考えさせました。

 集まるのではなく、一人で。

 騒ぐのではなく、静かに。

 職場ではなく、家で。

 今まで境界線がはっきりしていたものが、ぼやけてしまったと「あなたの24時間はどこへ消えるのか」の著者であるスワンさんも分析しています。解決策として、「休みの日は何々をする!」とか「休みの日は何々をしない!」というルールから自分を解き放ってあげることが必要では、と彼女は分析します。そして、この本に関する対談で、VLDK / LivingAnywhere Commons 八ヶ岳北杜 プロデューサーの渡鳥ジョニーさんは、「休みの過ごし方を他者と比べない方が良い」という考えを語っています。住んでいる環境やライフステージも違いますしね。

 確かに休みの日にSNSを開くと、色々な人の休みの過ごし方が出てきます。ううっ、皆さんアクティブ、と感じることがあります。

 しかし、周りはこうとか普通はこうみたいなものに縛られない休み方もいいな、と思います。周囲の相互評価など関係しない過ごし方。先ほどの國分先生の著作の中の言葉を借りると「没入」ですね。

 こういう余暇の過ごし方について、考えるヒントをくれるメンバーが鎌田菜月さんだと僕は思います。

 まずは、彼女がコロナ禍の頃に書いたブログを読んでみましょう。

 (鎌ºωº田)<今しかできないこと。 | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)

  このアメブロの中で、「意味もなく散歩をする」というところに僕は凄く惹かれまして、「何々しなきゃ!」とは真逆の時間の過ごし方だと思います。そして、持続できることでもあるな、と。

 ただ、彼女もオンとオフをはっきりさせたい方のようです。

(鎌ºωº田)<オンとオフとか。 | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)

 さて、今度は誰かと一緒に会うことについてです。

(鎌ºωº田)<乾杯〜!! | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)


 このブログの中の「1人の時間は大切だけれど、1人で居続けるのは寂しい」というのも凄く考えさせられる1文ですよね。たとえば、僕は今過疎化が進む田舎に住んでいます。しかし、都会で1人暮らしをしていた頃は、1人でも全く平気で好きな本や映画をどんどん吸収していったんですが、映画の帰りに1人で最寄りのカフェでコーヒーを飲みながらパンフを読む時間がとても幸せでしてね。
 だいたい映画の新作って、金曜日に公開なんですね。金曜日の夜の色々な事情でやってくる人達と、ほどよく他人でいながら同じ空間にいる時間が好きでした。

 鎌田さんにもこんな体験があるのかな、と思い、探してみると、あるではないですか!

 しかもわりと最近。

 「ハマっちゃった」SKE48の鎌田菜月が一人ディズニーシーを満喫 (msn.com)

 ううむ、こういう「普通は誰かと行くもの」という概念や他人にどう思われるかにこだわらない好きなものへの「没入」の仕方って素晴らしいな、と感じます。

 彼女のラジオ番組である「サクラバシ919」、皆さん聴いてらっしゃいますでしょうか?

 僕は全部の回ではないですが、聴ける時はなるべく聴いております。映画のランキングの時は、ちょっとラッキーという気持ちになります。彼女がこの番組で語るランキング企画を聴いていると、彼女が限られた休みの時間の中で豊かな過ごし方をしているなあ、というのが凄く伝わってきます。

 鎌田さんのアウトプットにベストの形式は、個人的には「書く」だと思っていたんですね。

 こういうブログを読んでいると。

(鎌ºωº田)<こんなこともある | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)


 個人的にもっと文章を読んでみたいメンバーの一人です。

 ファンの皆さんには、彼女のエッセイ集とか創作集とかはいかがでしょうか?

 個人的には「意見文」中心のものが読んでみたいですね。

 ちなみに、文章だけでいうと、彼女の凄いところって、そのメディアの外側の何かを掬い上げようとするところだと思います。たとえば、公式ブログのタイトル欄に限界まで文字を詰めたり、AAを積極的に使ったり。他のメンバーたちが豆腐を作っている時に、オカラを作ってきて、実はこっちもおいしいですよ、と違う可能性も見せてくれるメンバーだと思います。

 いつも心が動く文章ばかり紹介しているので、たまには爆笑したブログも紹介しましょう。彼女の表現の素晴らしさを感じます。

(鎌ºωº田)<暴投したっていいじゃない。 | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)

 話を戻すと、鎌田菜月の休みの過ごし方はもっと広がってほしいな、と思っています。

 彼女と同じように過ごしたいけれど、ちょっと気が引けるという方の背中をきっと押すと思います。そして、誰かと比べずに自分の好きなものと向き合う過ごし方を更新していくというのは、きっと我々も学ぶところが沢山あると思います。

 今日は日曜日。あなたはどんな過ごし方をしましたか?


2022年9月11日日曜日

私の歩き方①

忘却に消えても残るから

 先日、舞踏家の最上和子さんの「身体というフロンティア」を読みました。

 最上さんといえば、アニメがお好きな方でしたら押井守監督と出した「身体のリアル」でご存じの方もいるかも知れません。

 さて、最上さんは「身体は人間に残された最後の土地」という考えを「身体というフロンティア」 で書いています。たとえば、人間の身体は重力に嫌でも引っ張られています。そのことを自覚した上で舞踏していく(彼女の表現を借りるなら、自分に『取り込んでいく』)。それは、重力だけではありません。様々なものを事細かに観察します。「細微」を入口にして、「身体の内部」という「深く広大な未開の地」に入っていくわけです。そこで取り込んだものをまた、自分の外的身体で舞踏する。

 ううむ、同じ人間の身体を持っているのに、ここまで違う動きが出来るのか、或いは、美しく奇異な動きができるのか、と感じました。
 また、彼女が別のメディアで舞踏を始めるきっかけになったこととして、「踊っている人間の身体が言葉に見えた」という表現があったことも非常に印象的でした。
 僕が、コンサート中のダンスやMVのダンスをどこか文学的にとらえようとするのは、彼女の影響があるからかも知れません。

 

 何故、僕がこのことから書き始めたかというと、昨夜、須田亜香里の卒業曲「私の歩き方」を観たからです。



 まずは、開始35秒までの彼女のダンスを見ていただきたいです。
 この35秒の中に僕は様々な言葉を見つけました。
 「あゆみ」、「発見」、「時間」、「目標」、「喜び」、「我慢」、「つながり」などです。これは、彼女の表情やしなやかな身体だからこそ、出来る表現だと思います。ただ、踊りから確かに言葉が伝わってきます( 少なくとも僕には )。それと同時に言葉というものがいかに世界を細切れに分けてしまうのか、とも思います。それに対して、彼女のダンスには何かいくつもの何かが同時に流れていて、いくつかの層にもなっているようにも感じます。

 ちなみに、この踊りはコテンポラリーというバレエのジャンルだそうです。
 「形式を持たない自由な身体表現」ものだそうで、米津玄師さんの「Lemon」のMVの中にもにも登場しています。


 また、だーすー自身も2018年の総選挙の感謝祭で、コテンポラリーダンスを踊っています。


 このアメブロを読みと、今回のダンスの振り付けにもひょっとすると、彼女の思い出や関連する曲が入っているのかな、と改めてみなおしたくなりますね。振り付けも同じ辻本先生が担当していますしね。
 
 さて、歌詞の世界を見て行くと、まずは、時間の流れの早さを曲の主人公が意識するところから始まります。その時間の中で、自分が出来たことと出来なかったことを思い浮かべます。
 サビでは、自分の歩き方で曲がることなく道を行くことが語られます。
 これは簡単なようで難しいことです。周りの声に流されず、自分の歩き方をキープして道を踏み外さずに進む。
 僕は、彼女のエッセイ集である「てくてく歩いてく」を連想しました。
 P43の「誹謗中傷の裏側」では、アイドルをしていると、誹謗中傷などで暗闇でボールを投げられる感覚になることが書かれていました。しかし、10年間、ファンの方や番組スタッフの方など様々な方が自分を選んでくれたことで、暗闇を歩く感覚はなくなったと語っています。この歌詞のように、真っすぐ歩ける背景には、ファンの方々の後押しもあるのかな、と曲の世界から少し離れてしまいますが、感じました。秋元先生がだーすーの著作まで読んでここ書いてたら一生ついていきます。

 さて、話を曲に戻しましょう。
 2番では風が吹き始め、風に流れていく雲が、曲の主人公に旅立ちを連想させます。
 1番では何をしたかでしたが、2番では誰と出会い別れたかを意識していきます。
 自分の内側から外側への変化を感じます。
 2番のサビでは、沈み行く夕日が登場します。
 この夕日に「あの日々」を重ねるところから、やはり、もうすぐ新しい旅立ちが控えていることを感じさせます。しかも、「忘却の彼方」といういつか忘れられることであるというちょっと厳しい場所へと沈んでいきます。
 ただ、ここが凄くリアルだな、とも同時に思いましてね。
 仮にこの曲の主人公に須田亜香里を代入した時に、彼女が輝いたSKE48時代はいつか、忘れられてしまう、ということになります。秋元康はそれを自覚した上で、旅立った後に新しい忘れられない物語を作れよ、というメッセージを書いているのかも知れません。もし、そうだったら、一生ついていきます。
 そんな甘くない世界でも夢は叶うと信じて、一歩踏み出す主人公の決意。
 
 大サビでは、再び自分の歩き方を意識していきます。
 誰とも比べずに、自分のペースで進んでいくことを決意します。
 沈み行く太陽と一緒に、「青春」へ主人公は別れを告げます。 
 「ありがとう」という感謝の言葉と共に。

 全体を通してみると、これまでの回想と感謝、これからへの決意を感じる歌詞になっていますね。
 曲の方は、卒業曲らしい優しいメロディーなんですが、MVというかダンスなしで聴くのとダンスありで聴くのとでは、味わいがぐっと変わってきます。
 ラストの「ありがとう」のところの天を見上げながらする拍手や「私の歩き方で」のところで現れるバレエの動き、「今になって気づく」の表情。
 一つ一つが、曲の味わいを豊かにしてくれますし、レイヤーを一層深めていると僕は思います。
 
 少し気が早いですが、卒業コンサートではあえて歌わずにコテンポラリーダンスをフルで表現するバージョンで観てみたいなと僕は思います。

 須田亜香里は、常に更新していく人だと思います。
 一体、この人はどれだけ引き出しを増やしていくんだ、とも。
 アイドル生活の最後の曲で、自分の身体表現の素晴らしさを見せてくれた彼女。
 きっと、「私の歩き方」でこれからも新しい自分と出会っていくんだ、と思います。彼女のキャリアが忘れられても、新しい何かを生み出していくと思います。
 だから、今年の須田亜香里も好きですが、来年の須田亜香里も再来年の須田亜香里もきっと期待できるし好きになれるのだと思います。
※民藝と須田亜香里について考えた記事はこちら!


2022年8月21日日曜日

優しさの上手な使い方について

 忘れられない1日

 ドキュメンタリーを観るのが好きです。
 Amazonプライムやネットフリックスで上質なドキュメンタリー番組やドキュメンタリー映画を観るのが至福の時間です。最近は、映画「ゴッドファーザー」が出来るまでの実話を元にした「ジ・オファー」というUーNEXTのドラマが抜群に面白かったです。
 さて、ドキュメンタリーを観ていると、あの日のあの選択が運命を変えたり、自分に自信をくれたり、ということがあります。それは、自分の選択だけではなく、誰かに選んでもらったこともあります。

 SKE48の中にも特別な1日というのがあると思います。
 この記事の一つ前に「もう一度SKE48の話をしよう」という新連載を始めましたが、その記事を書きながら、これからのSKE48を考える上で重要な1日っていつだろう、と考えました。色々とあると思うんですが、松井珠理奈卒業公演の1日について今回は考えてみたいと思います。

 この日については、当日に1度感想を書いていますが、そこから1年以上経った2022年8月現在視点からの記事にしたいと思います。

 この卒業公演では、珠理奈のお母さまからの手紙が読まれました。


「珠理奈へ

 卒業おめでとう。

 そして、13年間お疲れ様です。

 珠理奈がSKE48に入ったのが11歳。あれから13年も経つなんて。

 今でも覚えています。SKE48が10月にデビューする前、一人だけAKB48の大声ダイヤモンドの撮影に行かなくてはいけなくなり、まだ小学生だったので、その撮影にお母さんもついていきました。

 一人だけ遅れてレッスン。全て覚え、すぐ本番撮影。あの時は本当に出来るのか心配で仕方なかったけど、本番になり、その現場で見ていて、涙が出てきたのを思い出します。

 学生生活がまともに送れなかったこと。総選挙などもあり色々なプレッシャーが珠理奈を押し潰そうとして大変なこともたくさんありました。

 そんな珠理奈をずっと見てきて、今でもふと思うことがあります。

 もし芸能界、SKE48に入らなかったらこんなつらい、大変なことにあうこともなく、普通の学生生活を楽しく過ごせたのではないか。『あの時、止めていれば』と思うことがあります。

 ですが、この世界に入ることは珠理奈が自分で『どうしてもなりたい』と言って、自分で勝ち取った世界。

 つらいこと、大変なことばかりではない。素敵に輝いていることもたくさんありました。こうして素敵な卒業コンサート、公演を迎えられたこと。

 本当に13年間お疲れ様でした。

 珠理奈の一番のファン、母より」

 乃木坂46のドキュメンタリー「悲しみの忘れ方」は、メンバーの母親からの手紙が印象的でした。生駒ちゃんのお母さんが、自分の娘と同じぐらいの学生たちの姿を見て、「自分の娘にも別の人生があったのでは」と考えるところが印象的でした。

 珠理奈のお母さまからの手紙を読んでいると、母親の立場からすると、心配になることがSKE48にいる間に沢山あったと思います。「色々なプレッシャーが珠理奈を押し潰そうとしたこと」の部分が特に印象的で、彼女に与えられた試練とそれでも「勝ち取りたい」という選択を取った娘を応援するしかない、という葛藤も感じます。
 アイドルをやり遂げた娘への優しいメッセージだと思います。

 手紙を受けて、珠理奈も卒業のスピーチをします。

 「これも卒業コンサートの時と同じで、何喋ろうとかあんまり考えてなかったんですけど。

 でもね、こういう形にはね、今なってしまってますけれども、こうやって卒業公演開催することがね、無事にできて。私もまさか卒業公演前に40度以上の熱が上がるとは思わず、それでね、トーク会をちょっとね、それも凄く本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけど、スタッフさんとお話してしっかりそれはね。振替してもらえるようにお話してるので、今日の公演の感想だったり、コンサートの感想だったり、皆で一緒に現地でトーク出来たらいいなとそこは思っております。

 現地でトーク会つながりでいくと、けっこう最近その卒業発表してから、やった後に、他の推しメンのファンの方が遊びに来てくれることが凄く多いんですけど、『実は珠理奈推しじゃないんだけど』って、『でもSKE48を好きになったきっかけは珠理奈なんだよね』って言ってくれる人が凄く多くて、あっ、自分って何かのそういうきっかけとか、人の、何だろうな、人生を変えるじゃないけど、何かそういうきっかけにね、1つになれたんだなってことが、『あっ、もうSKEに入って良かったな』って本当に思えることだなって思いました。

 でも、こうやってちゃんと他の可愛い子がいても目移りせず、ずっと卒業公演まで珠理奈のこと応援してくれる皆さんもたくさんいるし、今ここに今日来れない方もたくさんいるし、今ここに今日これない方もたくさんいるっていうのも凄くわかってるし、本当にSKEはっていうか、もう松井珠理奈はファンの方が支えてくれたから、うん、ここまでこれたんだなっていうのは凄く感じます。本当にありがとうございます。

 外は大雨なのかな?ね、名古屋は凄く大雨ということで、名古屋の空も多分きっと泣いてるんじゃないかなと。なんか全然うまいこと言えてない(笑)。全然うまいこと言えてないですけれども。何かね、あのSKEってほんと大事な日に雨が降ったりするんですよね。

 なんか、デビューかなんかの時に、なんか外で初めてやるイベントの時も雨だったり、なんかSKEは雨っていうのが凄く、なんか多くて。

 だから、自分の晴れ舞台もこうやって雨が降ってるっていうことも何ら嫌な気もせず、『あっ、今日雨だけど、SKEって雨だもんな。最後、雨でいいな。最後の雨だな』みたいな、ちょっとなんか、それもそれで皆の中にね、残る思い出、皆は凄く大変だと思う。やっぱりここまで来てくれたのは凄くありがたいなと思うし、大変だろうなと思うけど、それもいい思い出として皆胸にしまっていただいて、今日皆がね、見せてくれましたから。

 私は最初から出れなかったですけれども、皆が今日しっかりSKEこれから未来に向かって進んでいくぞっていうのを見せてくれたと思いますし、今日ここにいないメンバーも皆同じ気持ちで今いると思います。

 なので、これからも変わらずSKE48への応援、そして松井珠理奈のことも気にしていただけたら嬉しいなと思います。本当に今日はありがとうございました。」

 自分自身が既にボロボロの状態なのに、彼女のスピーチからは、この公演を良いものにしよう、後輩やファンの方々にこれから先の未来が楽しみなものになるように、という気持ちが伝わってきます。

 GLAYの曲で「Friend of mine」の歌詞で、「誰かの痛みを優しさの上手な使い方で取り除いている君を見ていたよ」という部分があるんですが、僕は彼女のスピーチを聴きながら松井珠理奈という人の優しさの上手な使い方を感じました。

 では、彼女の卒業公演から後輩たちは、どんなことを考えたのでしょう?
 まずは、アルパカさんこと、荒井優希さんのアメブロを読んでみましょう。

 荒井優希 ⚠️長すぎてもはや閲覧注意 | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)


 「近くに生意気なやつがいた方が良い」という荒井さんならではの優しさの使い方が素敵ですね。きっと勇気もいったと思うんですが、それでも行動に移せる彼女も素晴らしいです。「最後までSKE48ことを考えてくれて」、「かっこいい背中」は、珠理奈の意思がちゃんと後輩たちに伝わっているなあ、と感じます。


 続いて、平野百菜さんもアメブロです。

平野百菜♪珠理奈さん | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)

 珠理奈の後輩思いな面が伝わってきます。

 「心にflower」で選抜入りを見事に果たしたももたんですが、珠理奈の先見の明を感じます。果たして二人きりの時にどんなアドバイスを受けたのかも気になりますね。

 

 次は井田玲音名さんのアメブロです。

《井田玲音名》 卒業 | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)

 れお様の珠理奈への愛が伝わってきますね。

 水着グラビアのプロデュースという、SKE48のことを考えている珠理奈の思いが形になった企画ですね。遠くに思っていたけれど、話してみるとグループ愛が伝わってくるというのは、これまでのメンバーのアメブロにも通じるところがあるかも知れません。

 それでは、実際にこの公演に出演していたメンバーたちは、どう感じていたのでしょう?

 まずは、みよまること野村美代さんのアメブロから。

野村実代です❤️ | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)

 こちらでも珠理奈のプロデュース心が騒いでますね。自分だけでなく後輩のことを思う気持ちが伝わってきます。そして、自分が「赤いピンヒールとプロフェッサー」を踊るにふさわしい人かという、みよまるの葛藤。しかも、ファンの方々は珠理奈の赤ピンを望んでいるかも知れない。そんなみよまるの心を察してアドバイスをしてくれる珠理奈。このオリメンに直接見てもらいながら、曲を担当できるというのは普通のコンサートのシャッフルとはまた違った良さがあると思います。
 「SKE48を守りたい」という彼女の願いは、今年のチームS新公演でのダブルセンターで見事に形になったのではないかと思います。

 同じく出演した江籠裕奈さんのアメブロも読んでみましょう。

 江籠裕奈。真 | SKE48オフィシャルブログ Powered by Ameba (ameblo.jp)

 歌い方のプロデュースもしてるんですね。これは自分が歌詞を書いたからこそできることですよね。どんな感情でどんな風に歌えば良いのかを伝えられるのが良いですね。
 ラブ・クレッシェンドというユニットに関しては、リリース時に賛否両論があったかも知れません。それでも選ばれた彼女たちは、その瞬間瞬間を全力で進んでいきます。
 もう江籠ちゃんもベテランメンバーの一人です。
 これから彼女が、「チャンスときっかけ」を自分やグループの後輩たちに与えてくれるのではないか、と思います。

 

 ここまでメンバーたちのアメブロを読んで見えてきたことは、彼女のグループへの思いと、後輩たちへの思いです。彼女をよく知っている方ならご存じだと思いますが、珠理奈自身はめちゃくちゃ体が丈夫というタイプではありません。繊細な性格ですし、時として誤解もされ、きっと彼女自身も大変なのに自分のことを後にして仲間のことを考えられる精神は本当に素晴らしいです。 

 彼女がこのグループを去っていく時に残して行った「オレンジのバス」。
 この公演の最後に歌われたこの曲は、その後、パブリックな場では歌われていません。でも、周年公演など大事なタイミングで歌われるといいな、と思います。勿論、リブランディングしていく上で、珠理奈色を残し過ぎてもいけないというのも分かります。でも、若手のメンバーに曲という形で間接的にでもいいので、珠理奈の思いが伝わっていくと良いなとこの記事を書きながら思いました。

 時代が新しくなっても、変わらない意思を大事にしてくれたらいいな、と思います。

 効率とか儲けも大事ですけど、時代遅れと笑われても人を大切にする珠理奈の思いは、ずっとこのグループに残って欲しいと思います。


※公演当日に書いた記事はこちら!

 珠理奈が歌った「タイムマシンなんていらない」が中心です。

栄、覚えていてくれ SKE48の曲と映像の魅力: 2021年4月29日 松井珠理奈卒業公演の感想 (oboeteitekure.blogspot.com) 


2022年8月15日月曜日

ひかりさす①

Dear 、キミと僕2

 皆さんは、アイドルのパフォーマンスで心を動かされたことがこれまでに何度あるでしょう?
 
 そのパフォーマンスに辿り着くまでのアイドルのドラマが、踊る姿に重なり涙することもあれば、曲の世界観のヴィジュアライズ化が素晴らしいことに涙することもあります。
 前者の例を挙げると、SKE48のリクエストアワー2015で「前のめり」のセンターである松井玲奈ポジションを古畑奈和ちゃんが務めた時です。この時は会場のファンの奈和ちゃんコールを含めて、「ああ、やっと報われる」と涙したものです。後者の例は2016年に行われたSKE48の一人10分のソロコンサートにおける古畑奈和ちゃんの「10クローネとパン」です。20世紀後半のアメリカ文学で描かれたような絶望的な状況の中に微かに光る希望の美しさと、主人公の儚さを感じさせる素晴らしいパフォーマンスでした。
 他にも挙げて行きたいところですが、次の機会に譲るとして、かように古畑奈和という人はドラマ性もパフォーマンス性もどちらも曲の中に背負える稀有な存在でした。

 2022年5月17日。
 古畑奈和ちゃんは卒業発表します。
 ファンの方によっては、「まだ居て欲しかった!」という方もいらっしゃれば「前々から予感していた」という方もいらっしゃるかと思います。
 僕はというと、遂に来たかあ、という感じです。
 古畑奈和ちゃん推しでもない僕がこんなことを書くのは、生意気だな、と言われてしまうかも知れませんが、彼女の才能は既に48のルールの枠組みからはみ出ていると数年前から感じていました。彼女の才能に見合った仕事がもっと増えていればなあ、というのが率直な感想です。近年では48グループの歌唱力コンテストもありましたが、彼女のライバルや目指すべき対象が、ある時期からもう居なくなってしまったのではないか、と思います。それはそれで平和で良いことなんですが、古畑奈和を燃えさせるような後輩やイベントがあればまた違ったのかな、とも思います。
 ただ、周りに揺るがない強さが奈和ちゃんの魅力でもあると思います。
 
 2022年8月6日。
 彼女の2枚目のソロシングル「ひかりさす」が発表されます。
 ちょっと聴いてみましょう。


 皆さん、いかがでしたでしょうか?
 僕の第1印象は「映画の3幕構成みたいな作りなのかな?」ということです。
 「ひかりさす」から始まる穏やかなバラード部分で最初と最後を挟むことで美しい円環構造になっていますし、旅立つ穏やかな気持ちを表しているようにも見えます。

 まずは、歌詞の世界から見て行きましょう。
 1幕目は、地平線が見える場所で風に頬を撫でられるこの曲の主人公は、ひかりさす彼方を目指すことを決意します。
 ここから分かることは、地平線まで見えていて風通しも良い場所、つまり、さえぎるものの無い自由な場所や立場を主人公が手に入れていることが分かります。

 さて、ここから曲が変調します。第2幕の始まりです。
 「ガンダムOO」のエンディングテーマのTHE BACK HORNの「罠」を思い出す激しいメロディです。


 さて、歌詞の世界に戻ると「暗がり」で「センターステージを目指してたあの頃」のことが語られ始めます。「暗がり」ということはひかりがささない、つまりスポットライトがまだ当たらないステージの端の方の話かも知れません。
 それでも見つめてくれる「キミ」の笑顔のおかげで主人公の「私」は進んでいきます。
 ここで、今でも「キミ」が大切だからこそ「ありがとう」というお別れの言葉は言いたくない(かおたんの卒業曲がそういえば・・・)、未来へかけて行く私を忘れないで欲しいと願います。

 さて、そこから「私らしさってなんだろう?」、「私にしかできないことは?」と自問自答するもあの頃は答えが見えなくなっていました。
 やがて、それは周りから解放される方へと意識が向き始めます。
 「窮屈なほどに」という表現をわざわざ入れてから、「あの子の笑顔」に眩しさを感じ、自分の笑顔は嫌いになってしまいます。
 ここでいう「あの子の笑顔」は特定の誰かではなく、正統なアイドルの笑顔なのかな、と僕は解釈しました。そうすると「窮屈なほどに」を足した時に、曲の主人公が普通のアイドルの枠に収まらないことがこの後の展開からも明確化してきます。
 「同じ服」、「同じ歌」、みんなと同じにしようとしても同じにはなれない自分がいます。そして、それこそが誇るべき自分である、という発見をしていきます。このことを教えてくれたのは、「キミ」であると歌詞の中で語られます。笑顔で見守ってくれていた「キミ」が、みんなと同じになれない主人公を肯定してくれます。
 この辺りは、とても48グループを意識させられる部分だと思います。
 確かに、同じ衣装を着て、同じ曲を歌いますよね。
 でも、その決められた枠からはみ出していく強い個性が曲の主人公にはあるわけです。

 そして、大サビです。
 1番のサビと重なる内容ですが、ここまでを聴いての大サビなので「キミ」との関係性の深さがより伝わってきますね。
 そして、「サヨナラ」ではなく心の中に「キミ」がいること、ずっと背中を見ていてほしいというメッセージが加わってきます。くじけそうな時も立ち上がれる「あの日の温もり」が心の中にずっとあります。
 

 やがて、第3幕。
 再び、「ひかりさす」から始まるバラード部分ですね。
 一人ではなく「キミ」の思いを胸に刻んで、「ひかりさす」彼方を目指すことが示されます。

 ううむ、こうして書いていくと、これまでの「オルフェス」や「Dear 君とボク。」と比べると非常に私的な歌詞だと思います。
 作詞作曲を担当した黒沢薫さんと色々とお話をして出来た歌詞だそうですが、まさに彼女のアイドル人生を表した素晴らしい内容だと思います。
 特に自問自答して答えが出ないところが印象的で、AKB48で兼任を経験した彼女の「48グループの為に何かしたい!」という思いと突然の兼任解除を僕は思い出しました。私的な内容ではあるものの、今、悩んでいるアイドルやファンの人にも寄り添える歌詞になっているとも思います。


 メロディも非常にトリッキーで、歌声さえも楽器の一つなのではないか、と思わせる印象的なものになっています。
 MVに関しては、赤のドレスが印象的でした。奈和ちゃんの眼差しを感じさせるカットも後半に行けば行くほど増えて素晴らしかったですね。ただ、他のメンバーの卒業曲MVを考えると、もうちょい予算かけてくれても良いのでは、と思ったのは僕だけでしょうか?

 さて、卒業には2種類の卒業があると思います。
 あれ、今卒業するの?大丈夫?という卒業とこの子なら大丈夫だろう、という卒業です。
 奈和ちゃんは圧倒的に後者の卒業です。
 きっと奈和ちゃんなら、これからも沢山の「キミ」たちの力で「ひかりさす」方へ進んでいけると思います。

 やはり、古畑奈和という人の表現にはアイドルには収まらない何かがあります。
 それは今僕が思い浮かぶ言葉で表すなら「切実さ」です。今日、この舞台でこれを表現しないと、この人は死んでしまうんじゃないか、そんな危なっかしさと才能があると思います。その才能を彼女が加入した時から多くの理解者たちが守ってきました。SKE48でいえば番組での共演も多かった1期生たちでしょうか。きっと、SKE48の外でも彼女を理解してくれる方々が沢山いると思います。
 思えば、このブログで初めて奈和ちゃんのことを書いた時、「なんで、奈和ちゃんがこんだけ結果出してるのに、運営は扱いが悪いんだ!もっとみんな分かってよ!」という僕自身の「切実さ」から始まりました。きっと彼女は僕だけでなく多くの人にそう思わせる何かがあるんだと思います。
 これから卒業しても沢山の「キミ」という理解者たちに包まれて、才能を発揮していってほしいです。

古畑奈和ちゃんについて書いた記事はこちら!