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2022年1月23日日曜日

青春と余白

3月のなるちゃん


 

 志賀直哉の「小僧の神様」という小説があります。
 秤屋の小僧である仙吉くんが、お使いの帰り道に寿司屋さんの屋台の前を通り、どうしてもお寿司が食べたくなります。勇気を出した仙吉くんが、お寿司屋さんの屋台に置かれているマグロのお寿司を手に取ろうとしたその時、「一つ6銭だよ」と言われ、手をひっこめます(仙吉は4銭しかポケットに入っていませんでした)。
 この様子を見ていた若い貴族委員のAさんが、後日、同僚のBさんに話すと「御馳走してやればいいのに」と言われますが「そういう勇気はちょっと出せない」と違和感を語ります。
 後日、Aさんが秤屋さんに行くと、仙吉くんがせっせと働いています。Aさんは仙吉くんをお寿司屋さんに連れていき、私は先に帰るからね。好きなだけお食べ、といいお店の人にお金を沢山渡して去ります。この時、当然ですが、Aさんは仙吉くんのことを知っていますが、仙吉くんはAさんのことを知りません。
 Aさんはお店の台帳にあえて偽名を書き、自分の素性が分からないようにします。
 それでもAさんは「変に淋しい気」がします。
 家に帰って妻に語っても、この気持ちの正体ははっきりとはしません。
 一方、仙吉くんはあの人ってひょっとして神様かも、困った時に現れないかなと思っています。

 ここからが、文学者の間で議論になる部分なんですが、「作者」の声が登場します。
 ここで作者は筆を置くという内容から始まり、小僧がお店の台帳に書かれた住所を調べて訪ねてみると小さい稲荷の祠だったという終わり方にしようかと思ったけれど、あまりにも仙吉に残酷すぎるから止めた、というものです。

 単純に贈与をすることが利他につながるのか?
 利他という行為についての難しさが、ここには描かれていると思います。
 ちなみに、ロシアの作家チェーホフの短編「かき」でも同じテーマが扱われいています。
 僕自身も去年、利他について気になって、様々な本を読みました。
 未だに答えは固まっていませんが、伊藤亜紗さんが執筆した「『うつわ』的利他ーケアの現場から」がヒントになる気がしています。
 利他とは「うつわ」のようなものであり、常に相手が入り込める余白を持つことで、相手を「享ける」ことが出来るのではないか、と考えています。
 えらく抽象的な話になってしまいましたが、自分からアプローチしたり、自分だけの正義をおしつけるというよりは、相手のお願いを受け入れる、その為の「余白」がある人の方が、誰かからお願いもされやすいのかな、と僕は思いました。

 ふと、SKE48の中で、利他につながる「余白」を持っている人は誰だろう、と思いました。
 僕が思い浮かんだのは、5期生の市野成美。
 なるちゃんです。


 彼女はSKE48のシングル選抜になったり、総選挙でランクインしたり、ということはありませんでした。
 しかし、彼女が活動した6年半の間に582回ものステージに立ちました。
 劇場を守り続けた彼女はどんな人だったのか。
 まずは、2013年4月15日の研究生公演で読まれた彼女への手紙から確認してみましょう。

「なるちゃんへ

 14歳のお誕生日おめでとう。
 

 なるちゃんとは同じ誕生日で、運命的な出会いをしたね。一緒に写メ撮ったの覚えてる?

 なるちゃんが公演に出始めた頃は、振りや立ち位置があやふやなところがあって、この子大丈夫かな?って心配した時もあったけど、今じゃ沢山アンダーに出て活躍しているなるちゃんを見て、安心しています。これは、なるちゃんが毎日毎日練習を重ねてきた成果だね。

 そして、その成果のお陰でチームEへの昇格おめでとう。師匠はとっても嬉しいです。これからはチームEとして、先輩として、頑張ってね。なるちゃんの活躍を楽しみにしています。

 いつもしつこいぐらいにひっついてくるなるちゃん。私はいつも鬱陶しがってるけど、ほんとはかわいいなーって思ってるよ。

 これからもかわいい弟子でいてください。今度また一緒に遊園地に行こうね。なるちゃんにとって、素敵な1年でありますように。

 師匠の絵未梨より 」

 ううむ、いきなり彼女の師匠である4期生の小林絵未梨さんの手紙を持ってきましたが、誰しもが、最初から出来ていたわけではなく、SKE48に入ったなるちゃんが、努力の積み重ねで出来るようになっていたということが伝わってきます。
 それでは逆に、まだSKEに入った頃のなるちゃんは、どう過ごしていたんでしょう。師匠である小林絵未梨さんに送った手紙から確認していみましょう。

「絵未梨さんへ


 お誕生日おめでとうございます。

 

 私はSKEに入った頃、研究生の先輩では斉藤真木子さんやエンジェルさんとはすぐ話せるようになったけど、見た目が怖かった絵未梨さんには近づけませんでした。

 でも、先輩たちが卒業や昇格でだんだん少なくなって、残った研究生でレッスンや公演ををするようになってがんばっている絵未梨さんを見て、どんどん尊敬するようになりました。

 今では尊敬し過ぎて『この曲ではここが絵未梨さんの声が一番聴こえるパートだ』とか『このパートの絵未梨さんの顔は見逃したらいけない』とか私の耳や目が絵未梨さんのために勝手に進化していきました。キモイですか?

 公演で披露する曲が変わって、ポジションの発表がある度に、私は絵未梨さんのポジションを見て、『どうして?絵未梨さんはもっと前でしょ?絵未梨さんにはもっと前で踊ってほしい』って自分のことのように悔しかったです。それは一生懸命がんばる絵未梨さんを見てきたからです。それでも何も言わずに与えられたところでがんばる絵未梨さんが大好きでした。

 3月の初めに4月生まれの生誕Tシャツをデザインすることになった時、『なるちゃん、私、最後の生誕Tだからお揃いにしようよ』って誘ってくれたこと、本当に嬉しかったです。嬉しすぎて上手く描けるまで、何回も何回も描き直しました。


 私に急なアンダーで声がかかって不安そうにしていると『がんばって。なるちゃんならできるよ』って励ましてくれたり、終わるといつも『大丈夫だった?』ってメールで心配してくれました。絵未梨さんに「がんばって」って言われると何でもできる気がしました。

 握手会の後、私が誰とも時間が合わなくて、一人でいた時、『なるちゃん、一緒に遊びに行こう』って声をかけてくれたり、『弟子にしてあげる』って言ってくれたり、本当にたくさんの『ありがとう』を言いたいです。

 卒業してしまうことは初めは知らなくて、でも色んなことで何となく気づきだして、でも怖くて聞けませんでした。4月に入ってからはこのまま時間が止まってしまえばいいのにって何回も思いました。

 そして、ガイシホールでのコンサートで昇格発表がありました。私は自分の名前が呼ばれた時、一番に絵未梨さんのことを考えました。絵未梨さんがこんなにもがんばってきて昇格できずに卒業していくのに、私なんかが昇格していいの?って苦しかったです。絵未梨さんは『おめでとう』って笑ってくれました。本当は悔しかったはずなのに笑ってくれたんだと思います。

 そんな私の大切な師匠の絵未梨さんがもうすぐいなくなってしまうなんて信じられないです。それでもその日はもうすぐ来ます。SKEじゃなくなってもずっと私の師匠です。私にもいつか弟子ができるぐらい、もっともっと努力していきます。

 私は14歳の1年はがんばるので、絵未梨さんも19歳の1年をがんばってください。

 あっ、書き忘れてました。絵未梨さんが私に一番最初に話しかけてくれた言葉は『誕生日一緒なんだよ。写真撮ろっ』でした。覚えていますか?

 絵未梨さんのその時の髪型はポニーテールでした。合ってますか?

 なるちゃんより」

 何故、師匠がこのポジションなのか、もっと前で踊ってほしい。
 このなるちゃんが師匠に抱いた思い、これはひょっとすると、公演をじっくりと見ているファンの方々も抱いていた思いかもしれません。
 師匠との別れを経験した彼女はそれでも、努力を続け、数々の公演に出ます。
 それは先輩、同期、後輩を問わず、多くのメンバーが頼りにする存在になっていきます。

 そうそう、手紙の中にある「いつか弟子ができるぐらい」この言葉は、今読むと非常に感慨深いものがありますね。
 実は、彼女にも弟子ができます。
 8期生の深井ねがいちゃんです。
 2018年1月23日に行われた青春ガールズ公演で読まれた手紙を読んでみましょう。


「ねがいちゃんへ

 15歳のお誕生日おめでとう。
 

 私が出会ったばかりの頃のねがいちゃんは不安な顔で踊って、レッスン場の隅で『できないです』と泣いてばかりでした。


 いつからなのかハッキリとは覚えていないけど、ねがいちゃんは私のことが好き、そして私のことを師匠と呼んでくれています。

 そんなねがいちゃんから悩み相談のLINEが来た時、私は話を聞いてあげることしかできなくて、自分はほんとに頼りないなと思いました。

 でも、最初はつらいことばかりかもしれないけど、一生懸命やっていれば誰かは必ず見ていてくれるはずで、私はそう思いながら活動しているし、そしたら私はたくさんの素敵なファンの方に出会えたんだよっていう話をしました。

 LINEがきた時は『ねがいちゃん大丈夫かな?』って思ってたけど、最後には『まだ頑張ってみます』そう言ってくれて私は安心しました。

 たまにねがいちゃんのファンの方が握手会に来てくれる時、とてもいい方たちばかりだなっていつも思っています。

 私が『青春ガールズ』公演に出るようになって、ねがいちゃんと一緒のステージに立っていると、最初の頃のような不安な顔はなく、全力で楽しんで、歌って踊るねがいちゃん。そんな素敵な姿にみんな惹かれているんだなと思います。

 これからどんどん成長するねがいちゃんをファンの方と一緒に見守っていきたいです。

 挨拶すると恥ずかしそうに小声で返してくれるねがいちゃん。話しかけると顔が真っ赤になるねがいちゃん。私が疲れて座っていると凄く心配してくれるねがいちゃん。どんなねがいちゃんも私は全部全部大好きです。


 何か悩み事がある時、私でよければ何でも話してください。いつでも連絡待ってます。


 改めてお誕生日おめでとう。15歳の1年が素敵なものになりますように。


 次はE公演で一緒のステージに立ちたいです。


 市野成美より 」
 

 かつての自分のように不安な気持ちを抱いていた後輩の受け皿に、「余白」を持った存在になれるように彼女もなっていたことが分かります。

 この翌月の2月18日のチームE公演で卒業発表をします。
 
 ここから彼女は、一緒に劇場で踊ってきた仲間たちに伝言を残すかのような様々な手紙を書いていきます。

 2018年3月8日にのチームS「重ねた足跡」公演で読まれた手紙を読んでみましょう。

「 

 あいあい、お誕生日おめでとう。

 7期生を初めて見た時に凄いダンスが上手い子がいるって思ったのがあいあいで、その時に私はあいあいに惹かれました。

 まだあいあいが研究生だった頃、たくさんアンダーに出てくれたり、私が研究生公演に助っ人に行ったり、公演で関わることが多かった気がします。

 マネージャーさんにお願いされたら何日前だって、何時間前だって「わかりました、できます」そう言って公演に出ている姿を見て、私は自分を見ているようでした。


『市野ならすぐできちゃうもんね』


 私はこの言葉が凄く嫌いです。
 みんな同じ人間だし、ダンスも歌も覚えるのが簡単な人なんていないのに、スクランブルでの出演でも間違えることが少ないから、みんなからはきっと『簡単にできちゃう人』って思われてるんだろうなって思ってました。


 そう思っても、ファンの方や誰かが一人でも『よく頑張ったね。えらいね。本当に凄い!』そう褒めてくれるだけで頑張って良かったって思えるんだよね。きっとあいあいあもそうだったと思います。


 公演で共演しているうちにあいあいあのことをたくさん知って。きゅうりが好きだということを知りました。

 その時にあいあいあのことをきゅうり会のメンバーに誘ったよね。

 5、6人もいたきゅうり会ももう二人になっちゃったね。

 私が会長のはずなのに、予定を立ててくれるのも、きゅうりを持ってきてくれるのも全部あいあいだったね。

 『なるさん、いつもなーんにも持ってこない』っていうあいあいの言葉に『会長は食べる気持ちだけ持ってこればいいんや!』って反抗してごめんね。

 あいあいとお出かけしたこと、ご飯に行ったこと、全部全部楽しかったよ。

 あいあいといたら二人でしょーもない話でずっと笑いあってたよね。期性は違うけど、こんなにも仲良くなってくれてありがとう。

 4月からはお友達になりたいです。なるちゃんって呼んでほしい。

 私が卒業発表してからすぐに連絡をくれて会った時も『ねぇ、なるさん勝手に発表しないで。嫌だー、寂しい』って言ってくれて嬉しかったです。もうこんなにも近くであいあいの頑張りを見ることはできないけれど、ずっとずっとどこかで見守っています。

 悔しいこと、悲しいこと、もちろん嬉しいことも私でよければいっぱい話してください。力にもなれるように頑張るからね。

 あいあいのファンの皆さん、お手紙を書かせてくださってありがとうございました。

 あいあいの16歳の1年が笑顔で溢れる素敵な年になりますように。

 大好きだよ。

 チームE 市野成美より」

 なるちゃんと同じように劇場を守り続けてきたあいあい。
 僕が印象に残っているのは、2017年12月17日の昼公演で、急遽、森平莉子さんが休演となり、あいあいがスクランブルで出演することになりました。この昼公演中によこにゃんが体調不良で途中ではけることになります。
 結果、17時の公演ではよこにゃんが休演となり、なるちゃんがスクランブルで出ることになります。
 この日は公演前のアナウンスでスタッフの方が「今頑張って市野が覚えてると思うので、少し開演が遅れます」みたいなことを言っていたそうです。
 なんで、このエピソードを挙げたかというと、さきほどのあいあいへの手紙に書かれた「市野ならすぐにできちゃうもんね」という言葉が強烈に残ったからです。
 最初の絵未梨さんの手紙からも分かりますが、なるちゃんも加入当初からなんでも出来ていたわけでもないですし、この手紙からも努力の集積で公演のパフォーマンスが出来ていることが分かります。
 気づけば彼女の「余白」はどんどん埋まっていってしまったのかも知れません。
 
 そんな彼女にとって、苦楽を共にした先輩メンバーとの関係は癒しだったのかも知れません。2018年3月19日に行われた犬塚あさな生誕祭で読まれた手紙を読んでみましょう。 

「あさなさんへ

 あさなさん、お誕生日おめでとうございます。

 あさなさんには研究生の時からほんとにたくさんお世話になりました。

 チームが離れてしまってから公演も一緒に出れなくて、絡む機会も減ってしまったけど、会った時はいつでも『よーちよちよちよち♪』って私のことを甘やかしてくれるあさなさん。

 『まーた顔小さくなったねぇー♪ もうそろそろ無くなるよー♪』ってよく言ってくださるけど、小さくなってないし、無くならないので安心してください。

 少し前まで学生だった私は制服姿のあさなさんに『コスプレ!おばさん!無理しないでー!』ってたくさん言ってごめんなさい。

 ちなみにもう間もなく私もコスプレになります。

 あさなさんの頭はくるくるぱーだから『あさば』って呼ぶねって言ってごめんなさい。

 くるくるぱーだなんて思ってないです。

 あさなさんと握手会の合間やホテルで夜中まで勉強したこと。勉強ではあさなさんしか頼りがいませんでした。

 イチから全部わかりやすく教えてくれたのに、寝たら忘れる系の私はテスト当日になるとすべて頭からどっかに行ってしまうため、『テスト何点取れた?』と言ってごまかしていましたが、いつもそんなに取れていませんでした。

 これから先、あさなさんと会うことがほぼ無くなってしまうから、私の勉強面が不安です。

 教えてもらってもできないのに、教えてもらわなかったらどうなってしまうのでしょうか。困った時は連絡します。

 今までたくさん教えてくれてありがとうございました。

 全部に一生懸命で、メンバーのことをよく見てて、先輩だけど話しやすくて、たくさんイジっても笑って許してくれる、そんなあさなさんが大好きです。

 2年ぐらい前から遊ぶ約束しているのに全部実現(手紙は『現実』の誤字)できていないので遊びましょうね。

 暇な時、連絡くれたらいつでも駆けつけます。

 私はもうすぐ辞めてしまうけど、あさなさんにお手紙を書くことができて嬉しかったです。あさなさんの生誕委員の皆さん、ありがとうございました。

 あさなさんにとって素敵な1年になりますように。


 SKE48チームE 市野成美より」

 ううむ、なんか、2018年の3月というのは、なるちゃんにとって物凄く濃い1か月間だったのではないかと思います。 
 先輩だけではありません。
 後輩からも彼女が慕われていることが分かるものがあります。
 2018年3月26日にSHOWROOM配信で行われた、市野成美レッスン場卒業公演で読んだどんちゃんからの手紙を読んでみましょう。

「なるさんへ

 卒業おめでとうございます。

 6年半お疲れ様でした。

 なるさんとはいつからかグッと距離が縮まって、一緒にいることが多くなりましたね。

 思い出を少し振り返ってみましょう。

 楽しかった東山動物園。

 おいしかったナン。
 
 新作が出る度に行ったスタバ。

 唯一無二のクールポコ。

 雪の日も通った真木子さんの家。

 3人で過ごしたクリスマス。

 ここには書ききれないほどの思い出がたくさんあります。楽しかったね。

 

 あっ、あと毎週楽しみにしていた『愛してたって、秘密はある。』

 色々ありますね。

 公演で頑張るなるさんの姿は誰よりも輝いていました。

 なるさんが毎回全力越えのパフォーマンスをするから私ものびのびと全力以上の全力で私らしいパフォーマンスをできました。

 これからはもういないんですね。本当に寂しいです。

 いつも真木子さんと3人で一緒にいたけど、これからは真木子さんと二人だけなんですね。

 誰が真木子さんの着替えを手伝うんですか?

 なるさんから卒業理由を聞いた時、納得したし、素直にかっこいいと思いました。

 なるさんは芸人寄りのアイドルと言われることが多かったと思います、たぶん。

 でも、どんな時もファンの皆さんに弱音を吐かないところ、ずっと笑顔なところ、それができるなるさんはアイドルのプロだと思っています。

 6年間、ずっとSKE48劇場を守ってくれて、私たち後輩に素敵な姿を見せてくれてありがとうございました。

 そして、明日のチームE卒業公演楽しんでください。

 大好きです。

 SKE48 チームE 福士奈央」

 最終公演前日の夜に、特別に後輩に送り出してもらえる彼女の人望が伝わってきます。そして、一緒に踊ることで周りのレベルも引き上げていくところも本当に貴重な存在だったということが分かります。
 そして、いよいよ、卒業公演の日がやってきます。
 まずは、2018年3月27日に行われた市野成美最終公演で読まれた斉藤真木子からの手紙を読んでみましょう。

「なるちゃんへ

 2度目のお手紙になります。


 先日マネージャーさんからお手紙のお話を聞いた時は「えっ?2回目?」ってちょっとㇺッとして、手紙を書いて欲しいのはむしろこっちのほうなんだけどなーとまで思いました。


 今までなるちゃんには色んな思いをその都度伝えてきました。

 改まって言葉にするなんて1ミリもないと思ったけど、2014年の生誕祭でなるちゃんに書いたお手紙、今でも大切に持ち歩いてくれて、ことある毎に読み返してくれて、挙句の果てには現在ボロボロになってしまったということなので、これで更新してほしいと思います。


 6年半か。初めて会った日のことすら思い出せないぐらい昔だけど、なるちゃんはいつも私の背中のすぐ後ろを歩いてきてくれました。

 前の手紙にも書いたかな?昔のなるちゃんは思ったことや感じたことを素直に言葉にできなくて、いつも誰かの陰に隠れていた。懐かしいね。

 そんななるちゃんがいつしか自分のあり方を確立して、誰からも愛され、SKE48にとって必要不可欠な存在になっていく姿は本当にたくましく、誇らしかったです。


 なのに、まさか私より先に卒業していくなんて。勝手ながら私のSKE人生の最後を見送ってくれるメンバーの一人だと思ってました。本当に勝手だよね。

 でも、みんなも口を揃えて言います。『なるちゃんだけは卒業しないと思ってた』

 言葉にすると本当に無責任。なるちゃんへの絶大なる信頼と、この期待の数々がこの6年間なるちゃんの心を苦しめていたことに気づいていながらも助けてあげられない自分がいました。

 みんなが喜んで笑ってくれたらそれでいいんですと、涙を流すなるちゃんを見た時はもうたまりませんでした。ごめんね。つらかったね。

 なるちゃんの優しさにみんなが甘えてきました。今日の今日までずっと。

 どんな時でも誰かの期待に応えようと、自分のキャパ以上の力を出してしまうなるちゃんはいつもみんなのヒーローで、困った時にはみんなが真っ先になるちゃんを求めます。そんな人って世界中どこを探してもなるちゃんしかいないはず。


 この公演が終われば4月からなるちゃんの姿はここにはありません。私の着替えは誰がしてくれるの?私のお茶は誰がくんでくれるの?私のことおんぶして楽屋に連れて行ってくれるのは誰?


 たくさんたくさん甘やかせてくれて、どんな時も私の味方でいてくれたなるちゃん。誰もが一度は通る道と言われている私をずっとずっと通り過ぎないでいてくれてありがとう。

 私はずっと後輩には一度だって弱音やカッコ悪い部分なんて見せたくありませんでした。昔から私を見てくれて来たなるちゃんなら一番わかってること。

 同期や親しいメンバーの卒業が相次ぎ、空っぽだった私の心を埋めてくれて、私の熱い思いもワガママも全部受け止めてくれる貴重な存在でした。今や私の右腕と呼べるほどの信頼をおいています。

 いつか私がここを去る日にSKE48としてのなるちゃんの姿があったならば、私は迷わずキャプテンに選んでいたはずです。そんな未来がくることを密かに楽しみにしていたんだけどなと。

 この先どんなに沢山後輩ができても、『あのね、昔いたね、市野成美っていう子がいてね』と2割増しぐらいで武勇伝を語っておくから安心してください。

 なるちゃんのいる毎日が本当に本当に楽しくて、SKE人生の生きがいの1つでした。
 

 どう?ここまできても卒業撤回する気にはならない?今ならまだ間に合うよ。

 と、冗談はさて置き、SKE48の市野成美を卒業すると同時にみんなのなるちゃんからも卒業して、一人の女性として幸せを見つけてください。


 大好きな場所を離れて夢を追いかけるという決断をみんなで全力で応援することが今までなるちゃんからもらった幸せの恩返しです。


 6年間お疲れさまでした。今でも本当にありがとう。


 ただ、これからもお世話になるつもりです。老後の介護までよろしく頼むよ。

 

 なるちゃんの輝く未来に幸あれ。


 追伸

 実はイメチェンとかなんとか言ったけど、なるちゃんの喜ぶ顔が一つでも多く見たくて前髪を切りました。

 真木子さんより」


 毎回、思うんですが、斉藤真木子という人は本当に手紙が素晴らしいですね。「みんなのなるちゃん」という言葉が凄く印象的でしてね。
 多くのメンバーが彼女に頼りつつも、その陰で負担を強いていたのかも知れないと感じます。
 「なるちゃんだけは卒業しないと思っていた」という何気ない言葉の無責任さ。
 なるちゃんが「みんなが喜んで笑ってくれたらいいんです」とながしていた涙。
 こうして、手紙の言葉にならないと、想像のリーチが届かなかったかもしれない透明な悲しみ。
 「鉄人」とか「職人」とかいうのは、簡単ですが彼女が利他的に余白をSKE48に差しだしてくれた代わりに僕らは、何かを時間がかかっても贈与できていたのか、と考えてしまいます。
 

 同じく、卒業公演で読まれた古畑奈和ちゃんからの手紙を読んでみましょう。

「成美へ

 成美とは同じ5期生としてSKE48に加入しました。

 最初の印象はキッズダンサーです。

 ダンスが超人並みに上手で、笑顔がハツラツとしていて、本当に本当に可愛いです。

 だけど、5期生の中で年下メンバーの成美は自分の気持ちを表すことのできない恥ずかしがり屋で、控えめな子だったなと、今とは少しだけ違うモジモジした成美も大好きだったよ。

 成美はSKEに一緒に入った時からずーっと可愛い妹のような存在で、私が何も考えずに心から笑顔になれ、明るくいることのできる本当に不思議な存在でした。

 成美の無邪気さ、元気さ、明るさ、負のオーラを感じさせない太陽とか青空とかこんなにもキラキラで優しさを感じさせる言葉が似合う人っているのだなーって思いました。

 それとプロという言葉もしっくりきます。
 劇場公演に対する気持ち、誰よりも熱くて芯のある人。そして、尊敬と同期としての誇り。私にはできないことを成し遂げてしまう成美が本当にかっこよかったです。

 このお手紙を読み終えたら、成美とのSKE人生も終えてしまうのかと思うと今までのこの時間が当たり前だった分、寂しくて仕方ありません。

 だけど、次に進む成美を全力で応援したいと思います。

 ずっとずっと、ずっとずっとSKEに入った時から今の今の今まで、今からもずーっと大好きです!

 本当に本当にありがとう。


 ありがとうございました。」

 奈和ちゃんの手紙の中に出て来る「太陽」という言葉が凄く印象的ですね。
 同期だからこそ、知っているなるちゃんの変化と成長を感じさせる内容でもあります。
 最後に何度も大好きな時間を意識させる言葉と感謝の言葉を重ねるところも奈和ちゃんらしくていいですね。

 さて、最後は同期であり同い年である江籠ちゃんの手紙を読んでみましょう。

「なるちゃんへ


 卒業おめでとう。

 卒業発表があってから今日まで本当にあっという間だったように感じます。

 なるちゃんは同期で、唯一の同い年で、気付いたら周りから『えごなる』って呼ばれるようになっていて、私にとってもずっと隣にいるのが当たり前の存在。

 昔はくだらないことでケンカして、二人で意地を張って、絶対口をきかないってバチバチしたり、ホテル同室だった時に二人で夜更かしして遊んでたら次の日寝坊して怒られたり。

 そんな私たちが今では焼き肉を食べながらお互いの将来について話したり、本当に大人になったなとしみじみ思います。

 私は本当に心を許せる人ってあんまりいなくて。でも、なるちゃんの前では常に自然体でいられたり、凄く貴重な存在だったよ。

 特にここ何年かは同じ学校に通っていたこともあって、他にどのメンバーより、もしかしたら家族よりも一緒にいる時間が多かったかもしれない。

 学校での何気ない時間も、放課後寄り道してアイスを食べたりしたことも、とにかく全部楽しい思い出だったよ。

 でも、きっとなるちゃんがいなかったら違ったと思う。SKE48のメンバーの『えごなる』じゃなくて、友達として私と仲良くしてくれて、時には支えてくれて、本当に感謝してます。ありがとう。

 そんななるちゃんから卒業の話を聞いた時、『私の卒業なんかで誰も泣かないと思うな』って笑いながら、でも少し寂しそうに話していたのは凄く覚えています。

 いざ卒業発表の日、たくさんの仲間やスタッフさん、みんなが涙してたよね。

 発表があってから今日まで、なるちゃんってほんとにたくさんの方から愛されてきたんだなって感じる瞬間が凄く多くあって。

 それはほんとになるちゃんの人柄の良さだし、SKE48として活動してきた6年半のすべてだと思う。それって本当に普通のことじゃないし、ほんとにほんとに凄いことだと思うよ。

 一人の人としてほんとに尊敬します。

 『卒業しても関係は変わらないから』この言葉が凄くつらかったです。

 関係は変わらなくとも、周りの環境や一緒にいた仲間、みんな変わっていっちゃうんだなって7年目にして同期の卒業、近くにいた人の卒業がこんなにも寂しいものなのかと改めて感じています。

 いつも一緒にいたから卒業する時も一緒なのかなって勝手に思ってました。なんか涙を見せたら負けな気がしてたから。なんか目薬だとか言って強がってたんですけど、ほんとは置いてかないでって寂しい気持ちでいっぱいです。

 だけど、なるちゃんが決めたこと。新しい夢を語るなるちゃんは凄くキラキラしてて、物凄く輝いているので、それが叶うように私も今までみたいには近くではいられないかもしれないけど、心は一番近くでずっと応援してます。

 これからは一番の友達でいてね。

 大好き!

 6年半本当にお疲れ様でした。

 江籠裕奈より」

 いやあ、手紙の中の「私の卒業なんかで誰も泣かないと思うな」という言葉の悲しさ。僕はSKE48を好きになった時に、ちょうど5期生が入ってきた時だったので、彼女たちには特別な思いがありますが、このえごなるのコンビがSKE48の未来だと考えていました。だから、SKE48の足腰であり、48グループの強みである劇場を守ってきたなるちゃんの卒業は、とてもショックでした。
 でも、今考えると、それすらも「なるちゃんがこれからも劇場を守ってくれる」というこちらの勝手な押し付けだったのでは、と反省しています。
 卒業時のスピーチで、なるちゃんは「この6年半、劇場公演をずっとずっと大切にしてきたけど、そこだけで使われるのも嫌だなって思っていた。もっともっと色んなところに出たかったなって今も思ってます」と本音を明かしました(『ここに入って良かった』と語っていたことも付け加えておきます)。
 これは大いに反省すべきところだと思います。
 「いや、外に出て勝負できる人材だったのかよ?」という否定や「何か外で結果を残せてないから劇場頑張ってたんでしょ?」という指摘をされる方もいるかも知れませんが、充分なチャンスが与えられていたかというと疑問です。それは、彼女が手紙を送った後輩たちにも言えるかも知れません。
 勿論、売り上げというものが付いて回ることですので、他の数字を指標にして選抜や外仕事は選んでいくんだと思うんですが、もっとチャレンジする場があればと彼女のことを調べていると感じました。

 こうして市野成美は、SKE48を卒業しました。


 なるちゃん卒業公演についての江籠ちゃんのブログを読んでみましょう。

 https://ameblo.jp/ske48official/entry-12363970786.html

 そして、後輩目線でみたなるちゃんについて、北野瑠華のブログ。
https://ameblo.jp/ske48official/entry-12363775860.html

 ただ、僕はだーすーが書いたこのブログが、市野成美という人の本質をついていると思います。
 https://ameblo.jp/ske48official/entry-12364036186.html

 「人のために自分を削り過ぎる子。 だから壊れてしまいそうで 放っておけなくて 壊れて欲しくなくて」という部分から、彼女が優しさと引き換えに何かを削っていたのではないかと考えられます。
 須田亜香里が尊敬して信頼できる最初の後輩、それが市野成美でした。

 だーすーの言葉を借りるなら、3月の終わりに市野成美は「圧勝」して、SKE48を卒業しました。
 アイドルを辞めた彼女は一般人になってもきっと、どこかで誰かのために自分の「余白」を使っているかも知れません。きっとSKE48時代よりも上手なやり方で。

 そう考えると、SKE48に居た日々は、彼女の青春だったのかも知れません。

 それが分かる、2018年4月4日のSKE48劇場で行われたチームK2公演で読まれた手紙を読んでみましょう。

「江籠さんへ


 18歳のお誕生日おめでとう。

 江籠さんとであって6年半ぐらい。同期で唯一の同い年でしたから、初期の頃から何をするのも一緒で凄く心強かったです。

 昇格してからは、昇格先が違ったから会う回数が急激に減ってしまって少し寂しかったな。

 だからこそ同じお仕事がある時はとっても嬉しかったんだよ。嬉しいなんて絶対に口には出さなかったんだけどね。

 江籠さんと一緒だった高校3年間。同じクラスなのは1年生の時だったけど、3年間夜遅くまで学校に居残りして課題をしたり、文化祭とか修学旅行はほぼずっと一緒にいられて物凄く楽しかった。

 でも、二人で校内放送で呼び出された時ほど恥ずかしいことはなかったです。

 私よりも学校に来られる日にちが少なかったはずの江籠さん。なんで私のほうがいつもテストの点数が悪かったのかなー。何でも私だけ毎年進級が危うかったのかなー。


 きっとちゃんと空き時間を見つけて江籠さんは勉強してたんだよね。

 いつもテストが始まる10分前にヤバそうな私の所へ来て、簡単な問題だけ教えてくれたけど、覚えが悪い私は覚えることができず、何も解けなかったよ。

 でも、でもでも、申し訳なくて『教えてもらったところでてきたよ!』なんて言っていたことをここで報告します。

 ごめんね。

 仕事に対しても学校に対しても真面目にしっかりと取り組む江籠さん。いつも凄いなーっと思って見てました。見てただけで、私には絶対に真似できなかったけどね。
 

 江籠さんと一緒にいた高校生活。毎日毎日充実してて、あっという間で、凄く青春でした。

 私がSKE48を卒業すると、江籠さんのことだからきっと勘付いていたのかなーって思うけど、何も相談しなくてごめんね。

 江籠さんが好きで、好きで、大好きだからこそ、何て言えばいいのかわからなくて黙ってた。

 『卒業公演は泣けないから目薬もっていく!』って言ってたくせに、本番で泣いてる江籠さんを見て『やってやったぜ』そう思いました。

 私のために泣いてくれてありがとう。嬉しかったよ。

 私は少しでも江籠さんの支えになれてたかな?江籠さんがつらい時そばにいてあげられたかな?

 私は本当に自分勝手だから遊びに行く予定をドタキャンしたり、自分の気分がいい時だけ遊びに誘ったりてるのに、こんな私からずーっと離れないでそばにいてくれてありがとう。

 こんなワガママに付き合ってくれるのも江籠さんぐらい。同じ時期に入った同い年。それだけなのにこんなにも私にとって大きな存在になるなんてね。

 SKE48でも高校でも

一緒にいたからどっちも卒業した今、約束しないと会えないという寂しさに気づきました。

 ずっと前から約束してた明日のお誕生日会が私は楽しみで楽しみで仕方ないです。久しぶりに会うね。

 これからも私の相方でいてください。別々な道でお互い頑張ろうね。

 改めてお誕生日おめでとう。18歳、素敵な1年になりますように。


 SKE48を卒業して一般人になりました、市野成美より」

 なんだか、えごなるの二人のアイドルではない普通の女の子としての青春の情景が目に浮かんできます。SKE48に入ったからこそ、出会った二人。
 もう、なるちゃんを知らない世代も後輩たちにはいますが、きっと真木子の手紙にあったように、伝説のように語り継がれていくと思います。

 きっと、「あっという間の少女」で終わるのが正しいと思うんですが、僕は、市野成美にはこの曲が似合うと思うので、この曲で終えようと思います。

 「それを青春と呼ぶ日」