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2020年3月4日水曜日

忘れられない二日間「松井玲奈卒業コンサート 2588DAYS」

空からは涙雨


 皆さんは、アイドルの卒業コンサートに行ったことは何回ぐらいあるだろうか?
 僕は、残念ながら推しの卒業コンサートに行けたことは一度もない。
 しかし、どうしても行っておきたかったコンサートがいくつかある。
 その中の一つが、トヨタスタジアムで2日間に渡って行われた松井玲奈の卒業コンサートだった。



 今更、松井玲奈がSKE48に於いて多大な働きをしたことは、このブログの読者の方ならご存じだろう。
 野暮だと分かりながら書かせてもらうと、多くの人のSKE48の入り口になり、時には運営に代わってヲタを制し、時にはヲタに代わって運営に意見をしてくれた。その反面、一人のヲタクとしての顔も持っていて、鉄道・アニメ・特撮・アイドル・ゲームと、多くのヲタクに親しみを感じさせてくれた。

 
 彼女が卒業発表をした2015年当時、長年推していた中西優香が卒業し、僕は推しが不在の状態だった。
 しかし、松井玲奈というSKE48において、2度と出てこないであろう唯一無二のメンバーの卒業コンサートには絶対に行きたいと思い、8月29日と8月30日両日のコンサートチケットを申し込んだ。
 運よくどちらも当選した。
 だが、ここで大きな問題が僕の前に立ちはだかる。

 僕が当時勤めていた会社では、8月29日の土曜日が4半期の締め日で、物凄く休みにくい感じの日だったのだ(少しカレンダーがずれた業界にいた)。
 休みの申請を出したものの、上司からは「この日だけは、避けられない?」と言われた。
 当時、係長のポジションに居たが、「大事な日に休むのは、社会人としての常識に欠けている、現場の士気にかかわる」と別の上司から指摘されたこともあった。
 今、考えるとなんとも根性論の思考だと思う。仕事と趣味を天秤にかけた時、どちらが重いかは会社の多数派の人と違っていたのだろう。
 ただ、僕からしてみれば、非常識と言われようとも松井玲奈の卒業の方がよっぽど大事だった。
 締め日は毎年やってくるが、玲奈の卒業コンサートは1度きりだ。
 その日の休みが取りやすくなるように、開催が決まった翌日に言ったし(確か2か月前)、他の社員やバイトの方たちに分かるように、2日間の業務の引き継ぎの準備も進めていた。
 そういう業務面での問題はなんとかクリアーできないものか、と努力できたが、意識の面では全く上司たちには伝わらず、何度か虚しい気持ちにこの期間なった。
 
 最終的に、折衷案で午前中から午後14時まで出社して、そこから名古屋へ向かう半休の申請をすることになった。僕が当日働く予定だった支店は、大阪の上本町にあった。14時に出ればなんとか間に合うのではないか。
 半休の申請書には、申請理由を書く欄がある。
 僕は迷いなく、「SKE48松井玲奈卒業コンサート参加のため」と記入した。
 「私用の為と書きなさい」と怒られた。なんで私用の内容を詳しく書いたら怒られるのか、と思ったが半休を取ることが最優先なので、書き直した。
 上司の一人からは、「なんでアイドルの卒業コンサートなんかで」と言われたが、あなたにだって、趣味ぐらいはあるだろう、その趣味で節目の日があったら、参加したくないですか?ということを聞いたら、それでも「アイドルはおかしい」と言われた。

 こういう議論になる度に思う。
 この趣味はよくて、この趣味はダメという境目はなんだろうと。
 仕事と趣味のバランスが崩れてしまっているんだろうか、と考えたこともあるが、「仕事」はお金を稼ぐための手段であって、「趣味」は目的というのが僕のスタンスだった。「仕事」が目的という生き方は、あまり僕にはあっていない。
 さらに、「自分たちは頑張っているのに、こいつはアイドルのコンサートに行くのか、と思われるぞ」とある先輩がアドバイスしてくれた。ああ、なんてフラクタル構造の組織なんだと思った。上司が上司なら部下も同じようになるのか。このアドバイスに対して、何でそういう思考回路になるのか、いちいちみんなが納得する理由がないと休めないのか、とも思った。
 結局、その仕事は松井玲奈のコンサートの3年後に辞めて、転職することになる。
 転職先でも「えっ、SKE48?アイドル?何が楽しいの?」と言ってくる人が居たが、その人たちの趣味にも同じ言葉を言いたくなった。
 「何が楽しいの?」



 2015年8月29日。
 あれほど、大切な日だと上司から言われていた日は、いつも通り何事もない日だった。昼になって出発しようとする僕に、上司は苦い顔をしていたのを今でも覚えている。
 スーツで新大阪から新幹線に乗った僕は、トイレで私服に着換えた。足元のブーツもスニーカーに履き替えた時、何故かすっとした。
 名古屋に着くと、すぐに乗り換えて豊田市に向かう。
 窓から見える景色は初めて見るところばかりで、乗り換えを失敗しないように、ということだけを意識して、豊田市駅に向かった。
 空は少し曇っていた。
 これは雨が来るかもなと思いながら時計を見た。
 ぎりぎり開演に間に合う時間だ。
 駅に着くと、トヨタスタジアムでの送迎バスの列が出来ていた。
 時計を見ると、開演まで15分。
 グーグルマップで距離を検索すると、徒歩20分。
 走れば間に合うな。
 本当はボストンバッグを駅のコインロッカーにいれて、トートバッグだけで会場に向かいたかったが仕方ない。僕は両肩にバッグを掛けて走り始めた。
 これが思ったより遠かった。
 「ここが豊田スタジアムまでの最後のコンビニですよぉ!」と叫ぶコンビニ店員さんの声を無視して、ひたすら走った。
 やがて、大きな橋が見えてきた。そして、その先にスタジアムが見える。
 なんとか、橋の真ん中ぐらいまで来たところで、驚愕する。
 もう一つ大きな橋があるではないか。
 時計を見ると、あと5分で開演だった。
 間に合え、間に合え、と頭の中で叫びながら、二つ目の橋に向かう。
 二つ目の橋の真ん中で、影アナが聞こえてきた。
 ちゅりと江籠ちゃんだった。
 焦りながら、トヨタスタジアムのゲートへ向かう。
 チケットを確認してもらい、1階のスタンド席へ向かう頃には「over ture」が流れていた。不思議なもので、席へ向かいながらも、コールをしていた。
「SKE48!」と叫びながら、「自分の席はだこだ!」と思っていたのだ。
 1曲目の「パレオはエメラルド」が始まる頃に、やっと席を見つけて、スタジアムの階段を降りていく。
 「すいません、すいません」と謝りながら、真ん中の方にある自分の席に行く。
 隣りの席の人は望遠鏡で見ていたので、通る時に頭をかがめたが多分、邪魔だったと思う。申し訳ない。
 席を見つけてボストンバッグとトートバッグをなんとか足元に押し込めたが、ほとんど足の置き場がない。
 それでも、トートバッグからサイリウムを出してコールする。
 「間に合った!」とう高揚感から、コンサートの序盤からくるシングル曲の連発に興奮する。まるで、「もっと声を出せ、解放しろ」と言っているかのようなセトリ配置だった。
 最初のMCで松井玲奈考案のセットリストだと知って、流石だなと思った。
 ユニットブロックでは、斉藤真木子振り付けの「少女は真夏に何をする?」や、かおたんが、線香花火をし始めて会場が笑いに包まれた「花火は終わらない」が披露された。
 そして、僕が一番良かったのは「不器用太陽」だった。
 夏の少し蒸し暑い空気の中、浴衣姿の竹内舞と矢方美紀が出てきて、弾き語りで唄うサビから始まるところが夏の終わりを感じさせる素晴らしい演出だった。ブルーレイを持っている方は、みきてぃがギターを弾いている横でほほ笑んでいるケケ舞の横顔を見て欲しい。
 やがて、歌が上手いメンバーがぞくぞくと出てくる。
 宮澤佐江、高柳明音、佐藤すみれ、東李苑、谷真理佳、石田安奈。
 それぞれ浴衣姿だが、谷の浴衣姿がとても綺麗だったのを覚えている。この人はこうしてたら、本当に美人なのに、と客席で思った。それから、ちゅりが空を見上げながら歌っているのも印象的だった。
 「はにかみロリポップ」で真那のマイペースなクイズに笑い、7D2の「毒リンゴを食べさせて」では、玲奈が懐かしいポジションにいることに隣りの席の人が「うおっ!」と言っていたのを覚えている。
 
 「アイシテラブル!」から「ごめんねSUMMER」までの撮影OKタイムもなかなか斬新な試みだった。
 ただ、僕の席からは本当に豆粒ほどのメンバーと、ちょっと大きい船が撮れていたぐらいだ。でも、近くにメンバーが来るんじゃないか、というワクワク感を覚えている。
 この時に撮った写真は、機種変更の時に消えるという悔やんでも悔やみきれない事態が起こった。あの夕暮れ前のトヨタスタジアムの雰囲気を写真で残せなかったのは、本当にもったいないことをした。
 どんどん照明やライトが明るく見えるようになって、夜が来たことに気づかされる。
 ミュージカル「AKB49」の「夜の教科書」はダブル寛子が観られて嬉しかったし、「奇跡は間に合わない」では、宮澤佐江センターで「うわっ!本物だ!」とちょっと得した気分になった。
 中盤は「わがままな流れ星」での、過去最大規模でのコール合戦がたまらなかった。当時、阿弥ちゃんとだーすーと、玲奈ひょんのモバメを平行してとっていた僕は、阿弥ちゃんコールをしたはずだ。
 珠理奈といえば、当時は「思い出以上」という選択肢もあったのに、「Glory days」にしたのも印象的だった。残りの二人が後藤楽々と小畑優奈だったから、フレッシュな感じにしたのだろうか。この二人が珠理奈というセンターから何かを吸収して引き継がれていくと当時は思っていた。
 また、この日の「クロス」は高柳、大場、古畑というすさまじい3人だった。もし、ブルーレイをお持ちの方は、3人の表現力とカメラワークの素晴らしさを堪能してほしい。赤いサイリウムがスタジアムが染められる様子は、客席から観ていて凄まじい迫力だった。
 「恋ドリ」のあとにMCを挟んで、初めて聴く曲が訪れる。
 「ブリッジ」だ。
 高木由麻奈作曲のこの曲は、SKE48のカッコよさを引き出してくれる素晴らしい曲だ。個人的には、スギちゃんが先輩たちに混じって懸命に踊っているのが印象的だった。
 この日初披露の「世界が泣いているなら」は、曲も良かったが最初の照明が凄くカッコ良かったのを覚えている。今の世の中は「笑える動画」を見る人だらけになったな、とつくづく思う。
 
 ここからMCを挟んでシングル曲メドレーが続く。
 多幸感溢れる流れだった。
 特に終盤に「オキドキ!」が来た時は、まさかここで激しいダンス曲が来るとは「どうかしてるぜ!」と思わず言ってしまった。
 またMC前の「未来とは?」の演出にも注目してほしい。会場のモニターからはよく分かってなかったが、ブルーレイでみると、イントロで下からのライトの当たり具合がもの凄く良い。
 「僕は知っている」で本編は終わった。
 聴きながら松井玲奈のこれまでと重ね合わせて、涙が出ていた。
 アンコールまでの間に雨が強く降ってきた。 
 ここで「神々の領域」のイントロが流れた時は鳥肌が流れた。
 ああ、1期生も3人になってしまったか、と寂しくなった。確か、加藤るみかみきてぃが何かのコンサートのメイキングで「他の1期生が見えてる」と言っていたが、その日の僕には3人しか見えなかった。
 「その先に君がいた」を挟んで、「手をつなぎながら」。
 玲奈が1期生二人と手をつないで走っているのが印象的だった。
 「SKE48」からアンコール最後の曲「前のめり」。
 僕も隣りの席の人も泣いていた。
 明日卒業なのに、今日卒業じゃないのに。
 未だにSKE48のシングルの中で「前のめり」はトップを争う名曲だと思うが、改めてその素晴らしさを感じた最後だった。

 雨が降る中、片手で折り畳み傘をさしながら、駅へと歩いた。暗くて道がよく分からないが、前を行く人について行った。前もこんなことがあったな、と思ったら2014年味の素スタジアムの総選挙に参加した時も、ひどい雨だった。
 やがて、ホテルを取っていた名古屋駅まで戻ると、チェックインをして近くのコンビニに入浴剤を買いに行く。遠征をした時の密かな僕の楽しみだ。時間に余裕がある時は、ドラッグストアなどでじっくりと選ぶが今日はそういうわけにはいかなかった。
 時計を見ると、22時を回っていた。
 飲食店は、居酒屋以外は店じまいを始める時間帯だったが、ラーメン屋が1軒開いていたので、そこに入って食べた。遠征の楽しみとしては、こういう初めて入る店との出会いがある。僕はこの時、初めて硬い麺のラーメンを食べたと思う。それからは、しばらく硬めのラーメンばかり食べていた。
 ホテルに戻って入浴すると、「前のめり」の歌詞の通り、「心地の良い疲れを覚えて」ベッドに身を預けることができた。ふとスマートフォンを見ると、メールの通知が来ていた。一瞬、嫌な予感がしたが、メンバーからのモバメだった。
 ふふ、と笑って眠った。





 2015年8月30日。
 確か、朝はまだ雨が降っていなかったのではないだろうか。
 8時頃に起きると、ホテルの近くにあるマクドナルドで朝マックのセットを頼んで、ホテルに持って帰って食べた。時間に余裕があるので、寝癖をシャワーで直して、11時頃にホテルをチェックアウトした。
 2日目は別のホテルを予約していたのだ。
 しかし、そちらのチェックイン可能時間は14時。
 昨日と同じくボストンバッグとトートバッグを持ってウロウロするのは嫌だったので、どこかコインロッカーはないものか、と駅の近くを歩いたがどこもかしこも使用中で、結局、駅から少し離れた謎の美術館のようなところに荷物を入れて、名古屋の街を歩くことにした。

 よそ者になれるから旅行は好きだ。
 角を曲がる度にどんな景色が出てくるのか、ワクワクする。
 この日は、ホテルから少し歩いたところに映画館があることを知った。
 それでも時間がまだまだあったので、カラオケに一人で入った。
 「金の愛銀の愛」のジャケットに使われているあの店に非常に似ているところだ。
 そこで2時間ぐらい小沢健二とスガシカオを唄い続けた。
 いつ歌っても「僕らが旅に出る理由」は最高だ。
 やがて、時間になり、ホテルにチェックインする。
 皆さんは共感できるか分からないが、僕はコンサートにはぎりぎりに入るのが好きだ。会場で待つのが嫌だし、ホテルの部屋の中なら絶対にトイレは混んでいない。
 「暇だな」
 僕は思わず呟いていた。
 昨日は、コンサートに間に合うのかヒヤヒヤしていたのに、今度は時間を持て余すとは。
 グッズを買いに行くという手もあったが、気合いが入っている人々が朝から買いまくっていると思うと今更行ってもなあ、という気分になり、結局、栄に行ってみることにした。ところが、考えることはみんな同じで、SKE48カフェは人だらけだった。仕方なく、少し早いがトヨタスタジアムを目指すことにした。
 2日目になるともう余裕だ。
 
 豊田市駅に着くと、時間に余裕があるので送迎バスの列に並ぶ。
 5分も待たずにバスに乗ることができた。
 バスはゆっくりと豊田市の街を走っていく。
 昨日と違って街の風景がよく分かる。
 やがて、バスは昨日僕が走りこんだ場所とは全く違う入口から豊田スタジアムに到着。
 今日は、2階の一番後ろの席だったので、グッズや松井玲奈等身大パネルをよそに、入場。松井玲奈ファンの方々が、何かお知らせの紙を配ってらっしゃった。
 丁度、サブステージの向かいの辺りの席だった。
 席の後ろは手すりになっていて、すぐにトイレにも行きやすそうだ。
 隣りの席は家族ずれで、母親と娘さんでコンサートを観に来ていた。
 その年の総選挙後に発売されたメンバーがプリントされたサイリウムを持ってきていたようで、横から見ると「高柳明音」と書いていた。
 
 2日目の「over ture」は初日以上の盛り上がりだった。
 それはそうだ、今日はスタジアムの一番上まで埋まっている。
 過去最大のSKE48のコンサートがいよいよ始まる。
 メンバーたちが船出の準備を確認し、いよいよ松井玲奈の卒業コンサートが始まる。
 このコンサートの舞台が船をイメージしたものだったが、2日目はこれがチーム楽曲やユニット曲などでも船やそこから連想する海のイメージを活かしたものが多かった。
 昨日と同じく4曲連続でシングル曲の連発から始まるが、昨日の開始4曲と同じシングル曲が1曲もない。2日連続で観に来る人のことを意識してだろうが、メンバーの苦労を考えると、本当に頭が下がる。
 久しぶりに「初恋の踏切」が聞けて嬉しかったし、「恋を語る詩人になれなくて」はイントロからテンションが上がる。
 当時まだ研究生だった7D2の「Dear my teacer」から始まる海賊ブロック(?)は、ちゅりの良さが凄く出ていて、僕は好きだ。
 ゆりあが駆けつけてくれた「ごめんね、SUMMER」。
 やはり、彼女が一緒に踊る「ごめサマ」は素晴らしい。
 雨の中、水しぶきを上げて「青空片想い」が始まり、「制服を着た名探偵」ではこの中から未来のセンターが出て来るんだろうな、とSKE48の未来の明るさを感じていた。
 「ピノキオ軍」では、牧野アンナ先生がサプライズで登場し、よくドキュメンタリー映像などで流される玲奈が「ピノキオ軍」の練習中に腰を痛めて苦しむシーンを、まさか、コンサートで昇華してみせるとは。もし、手元に映像ソフトがある人は、この時の惣田さんの表情に注目してほしい。48グループのドラフト1期生の合宿の時、誰がダンス指導をしていたか。僕が個人的に好きなところだ。
 MCでは、乃木坂46メンバーの中継を使ったサプライズのお祝いがあった。
 ちなみに、昨年僕が転職して知り合った同じ職場の坂道ファンの方は、この日は神宮にいらっしゃってVTRでこちらのライブの様子を観ていたそうだ。さらに言うと、元48ヲタもそこそこ居たようだ。

「なんて銀河は明るいのだろう」は、もし、雨でなければきっと美しい夜空を見上げていただろうが、別の野外ライブでの披露に期待している。
 「青春の水しぶき」ではちゅりとの友情を感じられ、「僕の太陽」では松井チームEが揃う。奈和ちゃんの「玲奈さーん!僕の、僕たちのたいよーう!」という叫びを未だに覚えている。チーム解散後、この曲を披露する度に泣きそうになる宮前に注目して観ていたが、この日はなるちゃんが泣きそうだった。
 「君のことが好きだから」では、未来を託されたメンバーたちが集う。「瑠華、お前は選抜になれ!」の一言で、僕の近くの席はちょっとざわついたのを覚えている。みなるんのコミカルなところが出た素晴らしい演出でもあったと思う。
 「バナナ革命」はイントロが、昔のドラマみたいで本当に大好きだ。真木子が来ているのは2013年の「となりのバナナ」でかおたんが着ていたものだ。
 そして、伝説の1期生3人での雨の中での「雨のピアニスト」。
 緑と赤のサイリウムが広がるトヨタスタジアム。
 この時の「虎!火!人造!繊維!海女!振動!化繊!飛!除去!」はもの凄く気持ち良かった。ただ、歌詞に登場する「ショパンの別れの曲」で、いよいよ別れの時が近づいているのか、とふと現実に戻る自分も居た。
 昨日は聴けなかった「美しい稲妻」や「Escape」が登場したのも嬉しかった。
 最後の「枯葉のステーション」では、白いサイリウムでトヨタスタジアムが包まれた。
 思えば、AKBヲタ時代にSKE48の「恋を語る詩人になれなくて」と「枯葉のステーション」が凄いという噂を聞いて、youtubeで動画を検索したものだ。どちらの曲もSKE48を構成する大事な要素だと今でも思っているし、どちらのベクトルも失ってほしくないとも思う。
 シングル曲4曲を挟んで、「手紙のこと」がやってくる。
 「制服の芽」の中で一番好きな曲だ。
 イントロが流れた時に、既に僕は涙ぐんでいた。
 ああ、この曲が選ばれて凄く嬉しい。でも、もうすぐコンサートが終わるんだな、と。
 珠理奈と真那からの玲奈への手紙。
 玲奈からみんなへの手紙。
 玲奈が手紙を読み終わった後に、珠理奈が小さくうなずいているのが印象的だった。
 本編最後は「仲間の歌」だった。
 今でこそ、「僕が知っている」でコンサートが終わることが多いが、僕は「仲間の歌」で終わった時の多幸感が好きだ。
 玲奈が最後に言ってくれた「もう一度、オレンジの景色を見せてください!」。
 名古屋ドームでの選抜メンバーしか見られなかったオレンジ色の景色。
 そのモヤモヤを玲奈が晴らしてくれた。メイキング映像を見ると、アンコール中にかおたんが何度も玲奈に「玲奈さん、ありがとーう」と言っているのが残っている。コンサート映像を見返すと、ゆりあと顔を見合わせたかおたんが泣いているのが分かる。最後にメンバー全員にオレンジ色の景色を見せてくれた。しかも、名古屋ドームよりも大きな会場で。本当に、玲奈は最後までSKE48のことを考えてくれていたんだと思う。
 そして、会場は暗闇に包まれる。
 僕が居た席の近くではアンコールは始まらない。
 多くの人の脳裏には、このアンコールの後に松井玲奈が去ってしまうという想いがあったのかも知れない。
 やがて、僕の右上の方から「イイデスイイデスイイデスヨ!」という声が聞こえ、アンコールが始まった。ふと、雨が止んでいることに気づいた。
 アンコール明けの「前のめり」では二日連続で泣いてしまった。
 出来るだけ耐えようとしたが「前のめりに地を蹴る」のところで限界が来た。
 大サビ前では最後の大「玲奈ちゃん」コールをした。
 これまでの思い出映像を挟み、「2588日」。
 美浜も卒業公演も行けなかった僕にとっては、最初で最後の「2588日」だ。
 幻想的な水しぶきとライトアップされた船の上で、これからの未来と思いは残っていくことを歌ったこの曲では、色々なところで鼻をすする音が聞こえた。
 ああ、一つの時代が終わったんだなあ、と感じた。
 玲奈が旅立った後の「アイシテラブル!」は、悲しみを乗り越えるために用意されたんじゃないか、と思いながら「愛してる!」と叫んだ。
 最後の曲、「手をつなぎながら」のイントロが流れた瞬間、珠理奈が「雨だ!」と叫んだ。ああ、玲奈が卒業しようとしたあの時間だけ奇跡が起きたのかもしれないとガラにもなく思った。
 珠理奈と真那の挨拶でコンサートは終わった。
 来てよかった。
 傘をさそうかと思ったが、そのまま濡れて帰ることにした。
 スタジアムを出ると走っている人たちが何人も居た。昨日と違う出口だったので、とりあえずこの人達についていこうと思った。
 軽い「ヲタクマラソン」が始まる。
 しかし、問題は走り始めて5分ほどで起こった。
 もともと、僕は運動部でマラソンはそこそこ早かったが、僕がどんどん前の人を抜いていったせいで、先頭になってしまったのだ。まずい、駅の方向は分からない。駅への標識も特にない。暫く走った僕は、靴紐を直すふりをして後ろを振り返った。誰もついてきていなかった。
 トボトボと道を引き返すと、大勢の人々が別の方向へ向かって歩いていた。
 そちらの群衆に混ざって、駅へと歩いた。人が居すぎて、なかなか電車には乗れなかった。
 名古屋に戻った頃には、昨日より遅い時間だった。
 この日、何を食べたかは覚えていない。
 ただ、すぐに寝てしまったのを覚えている。
 
 翌日、関西に戻る前に「でらなんなん」というアイドルの生写真やグッズを売っている店に寄った。
 会場では売り切れていたパンフレットが売っていないか、と見にいったのだが、残念ながらなかった(それから暫くして通信販売でパンフレットは購入できた)。
 関西に帰る新幹線の中で、昨日のコンサートのことを思い出していた。
 間違いなく、SKE48の大きな柱が1本無くなった。
 これから何年かかけて新しい柱を建てる必要があるだろう、昔ほどの勢いがなくても時間をかければきっと、と僕は信じていた。
 小畑優奈がセンターになるのは、それから約2年後のことだ。




 翌々日から会社に戻ると、また何の変哲もない日常が待っていた。
 この会社に居る間は、なかなかアイドルが好きだということは、理解されなかったが、退社する年に元ももクロファンの同僚が入社してきて、SKE48のSSAコンサートに参加できるように協力してくれたことも書いておく。

 時間は進んで2020年の現在。
 今年の9月に松井珠理奈が卒業する。
 残念ながら、小畑優奈は卒業してしまった。
 これまでSKE48という大きな城を支えてきた柱が、どんどん消えていく。
 運悪くコロナウイルスのせいで多くのイベントが中止となり、運営会社の株価も下がり続けた。
 それでも玲奈が残していったものは、「2588日」の歌詞のように、後輩たちに受け継がれているはずだ。彼女との活動経験がないのに、倉島杏実を観た時にどこか昔のSKE48のような懐かしさを感じたのは、松井玲奈という人を倉島杏実が沢山みてきたからだろう。
 SKE48の時間が少し遅くなっている今だからこそ、松井玲奈のことを思い出してみて、明日のヒントにするのはどうだろうか。トヨスタに辿り着くまでの彼女の活躍、あの最高の1日目のセトリ、2日目の感動。運営もメンバーもファンも何か新しい気づきがあるかもしれない。
 僕は、趣味と仕事のバランスについて、そして、趣味を理解してもらえないことについて、思い出させられた貴重な体験だった。 
 皆さんは2015年8月29日、30日をどう体験しただろうか?