男の匂い
井上敏樹先生の書く脚本が好きです。
「鳥人戦隊ジェットマン」も「仮面ライダー555」も「仮面ライダーキバ」も、いつも愛しい人物が必ず出てくる。僕は少年時代から青年期まで、井上先生の脚本で成長してきたと言っても過言ではありません。
特に「仮面ライダーキバ」に出てきた紅音也は、僕の理想の男の一人です。
そんな素晴らしい作品を書いてきた井上敏樹先生のエッセイがついに発売します。
それが『男と遊び』です。
ぜひ、PLANETSで購入してほしいです。
特典の冊子で宇野常寛さんと井上敏樹先生の対談が読めます。特撮ファンの方にはたまらない内容になっています。
【ここからはネタバレ全開で書いているので、是非、ご一読されてから読んでください】
一つ一つの章の完成度が、物凄く高いんですよね。ちゃんと気持ちよく話が毎回落ちる。
次の章が読みたいのに、「いやいや、焦るな焦るな」と自分に言い聞かせるように少しずつ読みました。
最後まで読んで、自分の物事への見方や価値の付け方が、いかに雑であったかを実感した1冊でした。井上敏樹先生の、食べ物に対する一つ一つの評価が凄く丁寧なんですよね。「うまい」とか「まずい」じゃなくて、一つ一つにエピソードがあって、理由があって。
読んだ後に、そのものの価値が少し変わるような気がします。食べ物だけではなく、生き方もそうですね。淋しさからの恋は、ろくなことが無いとか、もっと早く読みたかったと思いましたよ。
そして、彼の周りにいる人物たちも凄い。
Sプロデュサーのあまりにも破天荒すぎるエピソードは昭和の芸能界の華々しさとめちゃくちゃさを感じましたし、信頼できる料理人がいったい何人いるんだ、というぐらいの食通ぶりも感じます。
その中でもお父様である伊上勝さんとのエピソードは、悲しいものもあれば、心温まる者もあるんですが、酒におぼれていきながらも脚本を書いていたエピソードや、愛人の写真の裏に書いたメッセージ。なんとも切ない気持ちになっていきます。
ストロンガーの最終回に向けて、あんな凄まじい脚本を書いていた人が、と意外でした。スカイライダーの始めの方も書いていたはずですが、あの素晴らしい話たちの裏では、こんなドラマが繰り広げられていたのか、とさらに驚きました。
一番印象に残っている回は「男と酒 3」の回です。
これは、純文学ですよ。
「美しい目」のエピソードの、アル中にしかたどり着けない境地。
恐ろしい世界なんですが、読んでから頭の中から離れなくなってしまいました。見てみたいような、決して見たくないような。
「死にながら美しいよりは生きながら汚れている方が人間らしい。そういうものだ」というこのページの最後の言葉は、生きていく上で大事なことを教えてもらったような気がします。
上の文と関係があるか分かりませんが、井上先生は毎回、カッコいいんです。けれど、カッコよすぎないんです。必ずちょっとだけ自分を落とすエピソードがあります。そこが憧れるところです。
本を開く度に、酒の匂いがすることがあれば、煙草の匂い、血の匂い、獣の匂い、色々な匂いがしてくるんですが、一番奥にある匂いが、僕の中から出るように、丁寧に一つ一つのものを見ていきたい、愛でていきたいと思わされる1冊でした。