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2021年1月27日水曜日

覚えていてくれシネマズ 10期映画祭編

 10期映画祭編

※初めて読まれる方は、「覚えていてくれシネマズ 8期配給編」を読んでおくと、更に楽しめるとか楽しめないとか。

https://oboeteitekure.blogspot.com/2021/01/blog-post_11.html




 俺が仕事を失ったのは、今年の始めだった。
 働いていた映画館に、あるぬいぐるみを地球の98、8パーセントの量、部下が注文した。
 なんとか、ぬいぐるみを劇場の至るところに配置し、お客さんを入れたところでフロアの床が全て抜けた。
 あの大惨事を事務所の16枚のモニターから、俺は別々の角度で見ていた。
 下のフロアは不幸中の幸いか、水族館の大型水槽だったので、死者は出ずに済んだが、賠償責任により俺は映画館を懲戒解雇され、多額の借金を背負った。
 社会復帰するために、いくら面接を受けても「あ、あの覚えていてくれシネマズの支配人だ」と、と死神扱いされて就職することも叶わなかった。
 毎日、かかってくる電話に怯えながら、俺は工事現場の日雇い仕事を続けていた。
 

 そういえば、あの「栄」という男は何をしているのか。
 俺と一緒にある商品を盛り上げようと映画館に大量注文した男だ。

 最後に観た時は体にダイナマイトを巻き付けて、こちらを振り返って笑うと、闇の中に消えていった。爆発はしなかったので、多分、どこかで生きているのだろう。
 

 それから、俺は都会を離れて地方のミニシアターに転職が決まった。
 スクリーンは僅かに二つだが、良質な作品を上映することが多く、常連客の若者や老人も多い、地方密着型のミニシアターだ。
 支配人は俺より年下だが、とても尊敬の念を持って接してくれた。
 よくどの作品を次回上映するか、ということや、スクリーンの効率的な上映スケジュールの組み方を聞いてくれた。
 そして、今回は関西のある映画祭に行くことをお願いされた。
 ミニシアターの良いところとして、大手の配給会社とのしがらみが少なく、自分が上映したい映画をかけやすいというところがある。今回映画祭に参加したのは、いくつか上映される作品の中から良質な作品の上映権を獲得しようということだ。そこで、俺を選んでくれたのがありがたい。
 

 映画祭がある映画館はショッピングモールの中にあった。
 いくつもの映画館にまたがる映画祭も地方では多いが、今回は一つの劇場で順番に作品がかけられ、最終的にグランプリが決まる。いわゆる、審査上映も兼ねているので、観客の質も高い。
 俺は、自分が働く劇場の視察証を見せて、名前と連絡先を書く。一般参加の場合は、料金を払う必要があるのだが、無料で済む。
 受付を終え、俺は該当するシアターに入る。
 

 映画祭にしては、客席数が多そうなシアターで、おそらくM列ぐらいまであるんじゃないか。だいたい、審査員が後ろの方に座ることが多い。俺も後ろから2列目あたりに座る。客席には、やけに華のある人が座っている。こういう場合、映画の出演者のことが多い。映画祭あるあるだ。荷物を置いて、上映を待つ。
 ふと、シアターの入り口から不審な男が入ってきた。恰好はスーツ姿だが、丁度、ひらがなの「し」を逆さにしたような体制で、あきらかに自分の靴のつま先しか見ていないかのような曲がり具合だった。男は入り口から一番近い席に座った。
 まさか、あいつ、「栄」じゃないか!
 やつれているが、確かに面影がある。
 確かめようとしたところで、上映が始まった。


 作品は5分のショートフィルムもあれば、60分の作品もあった。
 すべての上映が終わり、シアターが明るくなった。
 良い作品を観た後は、この明るくなるのが恨めしい時もある。
 これから審査員による会議が始まる。
 この間、観客は過去の受賞作を見て待つか、一旦劇場を出て食事などをして待つか選べる劇場が多い。
 ふと、栄の方を見ると、もう座席にいない。
 俺は荷物をまとめるとシアターを出た。
 

 劇場のロビーに出ても、栄の姿は無い。
 どこだ。一旦、劇場を出る。
 同じ階のショッピングモールを歩き回ってみたが姿は無い。
 仕方なく、一旦、外に出ることにした。
 もうすぐ、春が来るかというのに、吹く風は寒く、木々に彩りは無かった。空は雲に覆われ、時々日差しが差す。
 その彩りのまだ無い木が等間隔に植えられていて、下にベンチが置かれてた。
 ベンチから少し右手に離れて歩行者用の通路と車道がある。
 道行く人々は、きっとこの木々やベンチに座る人々の姿を見て、季節の変化を楽しむのかも知れない。だが、いくつか並んだベンチの3つ目に、全ての季節を止めたような顔の男が座っていた。
 栄だ。
 ゆっくり動いていく影が栄の背中に差した光を消していく

 俺は駆け寄ると、「うぃ、久しぶり」と声をかけた。
 栄は暫く黙って俺の顔を見た後、ゆっくり会釈した。

 「すいません」
 それが久しぶりに聞いた声だった。
 ずいぶん、かすれている。
 「いいよ。俺のことはなんとかなってる。それより、お前は何してる?」
 「無職です」
 「えっ、あれから大分だったよな?大丈夫か?」
 「大丈夫じゃないです。あの、映画の話しません?さっき観た。僕、今、映画の話してるぐらいしか楽しいことが無いんです」
 栄の眼は俺の方ではなく、もっと彼岸にある何かを見ているようだった。

 

 「そうだなあ」
 俺は鞄から映画祭のリーフを出す。
 このリーフに上映スケジュールや監督や出演者のプロフィールが書かれている。
 「まずは、じゃあ、この作品だな『コード301 真実をかけた戦い』」
 「いやあ、びっくりしましたね」
 急に栄の声に生気が宿る、やはり、この男は映画が好きなんだろう。
 「だいたい、映画祭の1作目ってある程度、安定感のあるものを持ってくることが多いじゃないですか。この林美澪監督は、既に黒真珠映画祭にノミネートされてますよね。だから、結構見る目が厳しくなるんですけど、かなり、期待が持てますね」
 「うん、こっちが想像以上に力強い表現に目が行った。笑顔と真剣な表情のギャップにやられる観客は多いんじゃないかな?」
 「噂によると、ただ表現力があるだけではなく、過去の作品のフリ起こしを70作以上してるらしくて、こういう努力家な面も知名度と一緒に知られて欲しい監督ですね」
 「なるほどな、『みれい』という名前と数字の語呂合わせも色々出来そうだな」
 「お子さんが生まれたら名前を数字にして、あだ名を日本語にするのもいいですね?」
 「なんで囚人みたいに子供を番号で呼ばなきゃいけないんだよ!BOOWYの『DREAMIN‘』か!!夢を持ってるやつらへ子供の名前捧げないんだよ!」
 

 「次は、『かわいいたのちいサーモンハンティング』ですね」
 「いやあ、映画祭の楽しいところって、こういう自分が準備してない感動に立ちあえるところだよな」
 「えっ、感動するとこありました?西井美桜監督の作品、初めて観ましたけど、愉快なとろサーモン映画でしたけど」
 「そんな映画のジャンル初めて聴いたよ。主人公の女の子が大阪から一人で名古屋に出てきて、一人暮らしを始める。そして、机もないから床にご飯の皿を置いて食べるところとか、俺は凄く共感したよ。俺もあったあった、ガンバレって」
 「僕は親の脛をかみ砕くように実家ぐらしなんで、分からないですね」
 「本当、映画『葛城事件』みたいなことだけは起こさないで欲しいよ。それはさておき、お母さまが大阪から出てくるところなんて、俺は泣いちゃったよ」
 「僕はレオナルド、ミケランジェロ、ドナテロ、ラファエロと仲良く暮らしてるんで、あんまり」
 「なんで全員奇跡的に忍者タートルズの名前と同じなんだよ。でも、ワンシーンワンシーン、実家から離れた娘を応援したくなるような、本当に良い作品だったよ。少しずつ変化を楽しんでいける凄く良い作品だった」


 「次は、『 ドキュメンタリーオブ歩南 奇跡のAtoZ』ですね」
 「うん、杉山歩南監督は、よく林美澪監督の作品と映画祭で同時にかけられることが多いけど、まず、歩南監督作単体で観ると、王道映画が似合う監督なんだよな。過去作のリブートもしてるけど、『雨の動物園』や『ガラスのI LOVE YOU』を勉強の為に確認してみると、『ガラス』の方がしっくりと来る気もしたよ」
 「この作品では、主人公の姿を映しつつも要所要所で友人の証言で話が進んでいき、等身大の歩南監督の姿が見えてきますね。エンディングで流れた野菜の歌も素敵でした」
 「うん、これからどんな感じで作品を展開していくか未知数だけど、作品を観に来たお客さんとのフィードバックも頻繁にしていて、徐々に関係が強まっていく気がするね」
 「現役の中学生の何気ない日常を教室の隅から見てる気分になりますね。地縛霊として」
 「教室を『事故物件』にするな。住むな。出ていけ!」


 「次は、『みくるんとテロルン』ですね」
 「急に趣味に走ってないか?元ネタの映画、確か、上映だけでソフト化されない映画だったよな」
 「まあまあ、2年連続作者のベスト1だったんで、ぶっこみたかったんでしょう」
 「いやあ、今回映画祭に来てみて良かったのが、こういう発見があるところでさ。俺の中では色白の監督ぐらいのイメージしかなかったんだけど、尊敬する江籠監督とのストーリーとか、これから面白そうだし、未経験の要素が多いだけにこれからどこが変化していくか、それを観て行くのが凄く楽しそうな監督だよね」
 「はい、僕は監督のブログの載せている服が色彩豊かで、開く度に今日は何色かなっていう楽しみもありますね。黒も似合いますけど、僕は赤が新鮮でした」
 「俺は少しのんびりした感じの作風が落ち着くから、もし、周りが急にスピードを上げてきても、順番とか関係なく自分のペースでやって欲しい感じだね」
 「僕たちも時代の最後尾を走ってますからね」
 「もう、お前は周回遅れだけどな!」

 

 「あっ、ここでトイレ休憩入ったんですね」
 「うん、映画祭は3作品とか4作品ぶっ通しで上映して、トイレ休憩が多い」
 「で、トイレ帰りに観に来てた俳優さんにばったり会うと、不思議な気分になることがありますね。あれ、さっきまでスクリーンの中に居た人だって」
 「次は、そんなスクリーンに愛された監督、澤田奏音さんの『日曜日のラジオ』です」
 「いやあ、俺は個人的にこの監督が最優秀賞だわ」
 「えっ、僕は顔が作者の母親に似てるっていう理由であまりチェックしてなかったですよ」
 「いや、作者の超どうでもいい理由はいいんだよ。まず、監督自体のスペックというか才能が凄くて、自分で主演・キャスティング・企画・作詞作曲・撮影まで出来るんだよ」
 「これで自分でケータリングまで作り始めたら、マジでジャッキー・チェンですね」
 「うん、ちょっと若手でここまで多彩な監督は久しぶりなんじゃないかな。他の監督を巻き込んで作品作りをしていくことで、違う監督のファンに作品を知ってもらうことも出来ているし、歌やお芝居の経験もきちんと活かせている」
 「僕は監督のお団子ヘアーが凄く発見でしたね。あと『シンデレラは騙されない』が凄く似合う。作品自体も日本全国の食を求めて旅するロードムービーなんですが、彼女はひょっとすると、外に出ることで更に進化していくかも知れませんね」
 「個人的には、松村香織監督が、ぐぐたすをハックし、白井琴望監督がshowroomをハックしたように、彼女も今あるプラットフォームの中で一番彼女の才能を活かせるものを見つけた時に、一気に跳ねる可能性があると俺は思ってるよ」
 「僕らも穴を掘ってまた穴を埋めるアプリ作りましょう」
 「ナチスの収容所じゃねえか!なんで、スマホの中にアウシュビッツを作らなきゃいけないんだよ。毎日、シンドラー気分じゃねえか!」


 「次は、石塚美月監督の『100枚の手紙』ですね」
 「これはクラウドファンディングで制作された映画で監督と支援者の人達との間でのリターンが注目されたな」
 「人を動かそうと思った時に、まず相手に自分が関わるとどうなるかな、と想像させるっていうのが重要だと思うんですが、それがしっかりと出来てるんですよね。『禁じられたふたり』はどんな作品が出来るんだろうとか」
 「うん、監督独自の100通のメールというのは、事前準備がしっかりしてたら金額以上の宝になる気がする」
 「伊藤監督との共作もあるんで、この二人のストーリーも面白くなりそうですね。あと、この作品は本来の尺は凄く長くてディレクターカット版も出したいみたいですね」
 「ハロウィンのコスプレぐらいから、色々なコスチュームが映える人だな、と感じた。個人的には、モデル仕事とか来て欲しい監督でもある。美肌だし、帽子とかも似合いそうだよ。直接観られなかったけど、10月に公開された『檸檬の頃』も観たかったなあ」
 「あの頃、僕らは『鬼滅』前の準備で死にかけてましたからね」
 「俺らは鬼と一緒にコンコロリンされたけどな!」


 「次は伊藤実希監督の『IT それが見えたらミキミキ』です。こちらもクラウドファンディング作品ですね」
 「いやあ、ホラー映画かと思ったら、スポーツ少女の物語とはね」
 「多分、作者が他の映画のタイトルを引っ張ってこれなかったんでしょうね」
 「俺としては、北川綾巴監督のリブートが決定した時のエピソードが凄く好きでさ。心情の流れが凄く丁寧だし、必死にもがく姿が凄く良かった」
 「クラウドファンディングの個人公約の料理も、一緒に頑張ってくれた支援者の癒しになりそうですね。悔しい思いをした分だけ大きくなれる型と自己分析していましたが、彼女にも様々なストーリーがこれから降り注ぎそうですね」
 「『木立に朝もや』の続きが見られるといいな」
 「だいだい、僕はこの後の歌詞を忘れて、『どこまでもあなた』に飛びがちです」


 「最後は青木莉華監督の『NANDEYANEN』ですね。僕的にはこれが最優秀賞です」
 「いやあ、ギャスパーノエ監督の『クライマックス』を思い出す、アシッドムービーだったな」
 「僕はあのメロディが頭から離れなくなりましたからね。そこからどんどん青木監督への興味が湧いてきましたよ。今年、新成人というのが吉と出るか凶と出るかは仕事次第ですかね。僕としては『綺麗なお姉さん』という言葉が似合う監督です」
 「お前、今年38だろ。個人的にはサイリウムカラーが紫と白という中西優香監督を思い出させる配色がにくいね」
 「既に個人仕事も来ていますが、大阪のめんどくさい女に立候補するぐらい愉快な監督でもありますよね」
 「うん、『恋落ちフラグ』で全体に合流した時、どんな先輩監督とシンメトリーになると映えるかを一番想像させてくれたのはこの監督だったよ」
 

 時計を見ると、そろそろ審査結果が出る頃だった。
 俺が立ち上がるそぶりを見せても、栄は立たない。
 「結果観に行かないのか?」
 「うう、行っても意味ないですよ」
 そういうと、栄は一枚のチラシを鞄の中から出した。
 そこには「早香シスト」のキービジュアルとタイトルが印刷されていた。
 「それは、公開延期になったホラー映画」
 「ええ、試写で観客が叫びながら死んだという幻の作品です」
 たまに、映画館の客席で声を思わず上げる人がいるが、その度に「えっ、漏らしたの?」と心配になるのは俺だけだろうか。
 「監督の五十嵐早香監督は、これまでの映画界には居なかった才能でした。食への描写、ホラー描写、そして、別れの描写」 
 「確かに、一度目の木内さんとの別れが風景描写中心でそれだけで悲しみを伝えているのに対して、二度目の加藤さんとの別れは抽象表現に後半は置き換えて悲しみを表現してみせているな」
 「ええ、それだけじゃありません。『平手友梨奈』に似ていると外のファンからは言われますが、キレイもカッコいいもどちらも行けそうな魅力と国際的に作品を届けられそうな素養もあります」
 「まあ、今回の公開延期は仕方ないよ…」
 「僕、自殺しようとしたんです」
 背中のあたりが急に寒くなった。
 「葬式もEX早割で予約して」
 「早割あんの?」
 「それから、死のうとしたんです。薬を一気に飲んで」
 再び、背中に寒気が走る。
 「睡眠薬とかか?」
 「ニンニク卵黄です」
 「めちゃくちゃ元気になるじゃん!」
 「戒名もチャッピーかコロンか迷ってるんですよ」
 「なんで犬につけそうな名前にしたんだよ!!」
 「死ねなくて、こうして映画をまた観にきました」
 自殺の経緯と方法が馬鹿すぎるが、死ねなかったんだろう。

 「お前さ、五十嵐作品って何が魅力だと思う?」
 「えっ、構成力とか文章力ですかね?」

 「俺はさ、いつも『生』と接続しているところだと思うよ。ホラーって、怖さの近くに『死』があるわけじゃん。観てる人間は『ああ、これが現実じゃなくてよかった』とか、『あれは怖かったなあ。もうちょっとで死ぬとこだった』って自分の『生』を実感するだろ?」
 「はい」
 「そして、五十嵐作品は『食』という『生』に直接つながるものを丁寧に描く。食べ物に興味がなかったお前が、食べ物の写真を撮ってアップするようになったのも早香さんの影響だろう」

 いつの間にか、栄は俯いて泣き始めていた。
 「あの話の続きが…僕は読みたい…」
 「なら、生きるしかねえな」
 「でも、もうしんどくて」
 「はあ、あのさ。俺の権力なんか皆無だけどな。俺が働いてるミニシアターのさ、支配人に紹介してやるよ。受かるかは分からないけどな」
 「うう、ありがとうございます」
 「気にすんな。俺たちは、いつでも全力」
 「うう…。前のめり」

 少しだけ暖かい日差しが、枯れた木に差し込んできた。

 劇終


※「10期生五十嵐早香のブログは何故面白いのか?」の記事はこちら!

https://oboeteitekure.blogspot.com/2020/03/blog-post_21.html