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2021年1月10日日曜日

ロキ

 歌詞と歌手の関係

 2018年に公開されて大ヒットした映画に「ボヘミアン・ラプソティ」があります。
 クイーンのボーカルであるフレディ・マーキュリーの生涯を描いたこの作品は、音楽映画としても最高なんですが、曲が出来るまでのドラマや曲を歌うまでのドラマが最高でしてね(実際の出来事がドラマチックに変えられているところもあるんですが…)。
 作中でメンバー間が不仲になってから、フレディーが自信のエイズを告白、もう一回やろうぜ!という感じになり、ライブエイドで歌う1曲目の「Radio Gaga」が歌詞とあっていて、もうメチャクチャ燃えるんですね。
 「君の時代があった 君のパワーがあった でもまだ君はこれからさ」とか「誰かがまだ君を愛しているんだ」というところが、曲の主人公たちの置かれている立場とリンクして、僕は何度もこの場面で泣きました。

 曲の世界観も大事ですが、「誰がどんな時に歌うのか、というのが重要なんだなあ」とまだブログを始めたばかりの僕は思ったもんです。
 さて、今回紹介するのは、SKE48を卒業してyoutubeで歌ってみた動画をアップしているSKE48元10期生の加藤結さんの新しい動画です。
 まずは、観てみましょう!



 ううむ、まず髪が赤くなっているじゃないか。
 ガンダムZZに出てくるキャラクターを連想したんですが、名前が思い出せません。
 さて、今回の動画を観た感想として挙げたいのは、まずかとゆいが物凄く曲の世界観を楽しんで歌っていること。歌唱中の表情の変化やついつい出てしまう振り付け、声色の変化を含めて表現することを楽しんでいるように感じました。
 また、時折カメラ目線になるのは、ひょっとすると視聴者を少しだけ意識しているのかな、と考えさせられました。
 最後の指をぶつけて素に戻った時の満面の笑顔も素敵ですが、歌詞も凄く良くてですね。
 うまく社会と握手出来ないこともあるけれど、表現を続けていきたいし、生きることも諦めない、だからお前も死ぬなよ!というメッセージがなんともかとゆいとのリンクを感じます。ううむ、良い選曲をされましたな、と何故か家老のような気持ちになりますよ。
 彼女がSKE48を卒業する前に書いたブログを思い出すと、彼女が卒業したばかりの今、歌うことで一つ意味が乗ると僕は思っています(まだ卒業して2週間も経っていません)。歌詞の中の「お互い」の相手は視聴者のような気もしますし、相対化して見た内面の自分自身のようにも感じます。また、拡大解釈だと断って書くと、遠くにいる五十嵐早香へのメッセージになるのでは、と思っています。

 それにしても、普段、ボカロやネットから出てくるクリエイターの曲を聴かない僕としては、かとゆいの歌ってみた動画を通して新しい曲を知っていける楽しみがあります。
 次はどんな曲を歌うか楽しみです。
 表現を楽しみながら、自分の才能をまだまだ見せて欲しいですね。

※なんとなく「ボヘミアン・ラプソティ―」の予告を貼ってお別れです!


外は寒いからマジカルラジオ4でも考えようじゃないか

 マスターピースが去った後で



 先日、歌人の穂村弘さんの対談集「あの人と短歌」を読みました。
 短歌の中で使われる言葉の強度について語っている箇所があり、短歌に入れる言葉を考える際に、その言葉を一回短歌から取り出して別の言葉に置き換える。その時に齟齬が生じる、この言葉ではないといけない、代わりがいないという言葉こそが強度のある言葉という考え方が示されていましてね。
 ううむ、そう言われると短歌に限らず多くの韻文のクラシックは、言葉の強度が強い作品が多いなあ、としみじみ感じて、そのまま江戸期から昭和初期ぐらいの韻文の世界を旅して帰ってきたら、もう夜ですよ、お侍さん。

 今回は、日本のアイドルドラマ史に燦然と輝く「マジカルラジオ」シリーズの続編について考えようじゃないか、と思います。まだ、「マジカルラジオ」を観たことないという方は、Huluでシーズン3までチェックしてここに帰ってきてください!全然、関係ないけど、Hulu入ったら、是非、「たりない二人」をおさえておいて欲しいです!

 さて、「マジカルラジオ」シリーズの主役を考えた時に、重要なピースは高柳明音だと思うんですね。特にシーズン2は彼女の存在なくして話は進みません。こう考えると、ちゅりのこのドラマにおける強度はW松井を越えていたかもしれません。
 しかし、ちゅりはもうすぐ卒業してしまいます。
 ううむ。
 最後に我々が公式に「マジカルラジオ」を味わったのは、2019年3月の炎の関東ツアー最終日の夜。あそこが最後でした。
 あの時は、ちゅりと奈和ちゃんによるマジカルラジオでした。
 ちゅりを外した「マジカルラジオ」なんて考えられるのか?
 奈和ちゃんだって、シーズン3からの新キャラですしね。
 

 そこで1回、シーズン3までの内容を一回リセットして、4から新しいフォーマットで作ってみてはどうか、と考えてみました。
 そう、マジすか学園が突然「3」で刑務所編になったかと思ったら、「4」でまた学園ものに戻ったように、舞台は同じだけど、大きくキャストを変えてみるのはどうかということですね。

 まずは番組のDJですね。
 シリーズの主役を張る存在。
 ここは、期待の意味も込めて、青海ひな乃・赤堀君江コンビはどうでしょう?
 自分が何をしたいのか、まだ分からないけれど、家族に進められてラジオを聴いて、しゃちほこラジオのDJになった青海さん。そして、同じく家族に受けてみたらと言われて、しゃちほこラジオのDJになった赤堀さん。
 この二人が、成長しながらラジオDJの魅力を知っていく連続ドラマはどうでしょう?

 ディレクターは、髙畑裕希!
 もう、ドラマ「フルハウス」の面々なみに、はたごんがやらかしてくれるに違いない!
 そして、SKE48の中でもスーツが似合う彼女、ここぞという時はビシッと決めてくれるはずです。あるいは、みよまること野村美代とかもありかも知れません。ただ、それならいっそ、カミングフレーバーでメンバーを割り振ればいいのでは、という感じもしてきますね。

 ADは、青木莉華と林美澪の10期生コンビ。
 関西人でしっかり者の青木さんと、まだ小学生なのにインターンで来ている林さんコンビのギャップが炸裂するに違いありません。

 更に天才構成作家によこにゃんこと、北川愛乃を入れましょう。
 100年ぐらい先を行くアイディアを独特のタッチの企画書でプレゼンしていく天才作家。きっと大変なことが起こるはずです。

 こんなメンツで繰り広げる「マジカルラジオ4」、いかがでしょう?
 鬼丸Pと若チンはそのまま出る想定で書いていますが、新しくお笑いの方や俳優さんが出演されても面白いかも知れません。
 今、コロナの影響で収録に人を集めにくい状況でしたら、1の時みたいに電話相談で行くとかね。

 何より、脚本がどうか根本ノンジさんのままで行ってほしいです。

 個人的にはだーすーは、毎回のゲスト出演役が強烈だったので、また今回も1回でインパクトを残してくれる役をやって欲しいです。

 他にもね、浅井裕華・上村亜柚香コンビのDJ案とか、古畑奈和を出世させてDJにという案もどうかな、と思ったんですが、あえてこれからシリーズが長期化することを願って、若手中心にしてみました。
 僕の推しメンの10期生五十嵐早香先生は、癖の強いハガキ職人とかね。
 皆さんは、どんな配役が新しいマジラジにピッタリだと思いますか?
 

※ マジカルラジオの思い出を書いた記事はこちら!

https://oboeteitekure.blogspot.com/2019/05/blog-post_55.html

 


2021年1月9日土曜日

珠理奈HOUSE「生電話企画】松井珠理奈にファンが電話したらまさかの結末に…!?」の感想

もう一度、繋がり方の可能性を求めて


 新型コロナウイルスの影響で、僕らの生活は一気に変化を遂げました。
 それはこれまで当たり前に出来ていたことが出来なくなる不便さもありましたし、もう一度、自分たちにとっての当たり前の大切さを思い出させるものでもありました。
 臨床心理学者の関谷裕希さんは、このコロナ時代で我々の中に不安や孤独感、落ち込みや無力感を溜めやすくなっていることを分析しています。そして、対応策としては、マインドフルネスや行動の活性化、身体活動、睡眠、そして、こういう時だからこそ、立ち止まって自分のことを考えるきっかけにして、自分の大事なものについてフォーカスを当ててみてほしいということを語っていました。

 ううむ、自分の大事なものか、と思いましてね。
 この辺りは私的なことを書くnoteに綴るとして、松井珠理奈にとっては何だろう、とふと考えましてね。以前の珠理奈HOUSEの記事で超有名人でありながら、ファンを大事にしていることを書きましたが、今回紹介する動画では、彼女が本当にファンを大事にしていることが見えてくる動画だと思います。
 ※まだ観てない方は、こちらのリンクからチェック!
 


 まず、初見の感想は、珠理奈の横に置いてあるオレンジジュースが、本当に美味しそう。ああ、味のある水が飲みたい。
 さて、こちらの企画、皆さんは参加しましたでしょうか?
 僕はですね、27回ぐらいかけたところで、心が折れて止めてしまいましたよ。
 こちらの動画で驚いたのが、ファンの方のあだ名を覚えていることは勿論ですが、声を聞いただけであだ名を覚えていたことです。
 皆さん、松井珠理奈の握手会の部数を覚えてらっしゃいますでしょうか?
 彼女が昔の曲の振り付けや歌詞をよく覚えていることに驚きますが、握手会というイベントにも全力で向かい合っていたんだなあ、と感じます。
 それから、ラストのスタッフの方の言葉で、裏側でも好感度が高いということが明らかになっていましたね。コンサートのメイキングや固定マイク(懐かしの隠しコマンドのやつですね)の映像を観ていると、本当に誰に対しても優しく礼儀正しかったのではと思います。
 動画の最後で「皆さんと何かする機会、これからどんどん増やしていけたらいいな、と思いますし、このYoutubeのどんどん配信していきたいなと思っていますので、この珠理奈HOUSEを通して、皆さんが繋がってるなと感じて頂けるように、これからも頑張っていきたいと思いますので」と語っています。
 僕はだいたい、珠理奈HOUSEの感想を動画投稿された当日に書いてしまうんですが、たまに1週間ぐらいして、もう一度動画を観た時に、コメント欄は様々な国のコメントで溢れています。そして、誹謗中傷をするようなコメントはありません。オープンですが、ファンの方々が安心してコメントできて、彼女の魅力を楽しめるというのは、これから卒業後も更に大事な場所になる気がします。
 冒頭に書いた「自分が大事にしたいもの」、珠理奈にとってはファンの方々の存在なのではないか、と改めて思いました。
 冷笑的な人は、「いやいや金儲けのためだよ」とか「あんなのキャラ作ってるだけだよ」というかも知れません。誤解を与えるような報道もずっとありました。でも、彼女の姿を追っていればいるほど、「珠理奈HOUSE」というチャンネルで彼女がしていることは、自分の魅力の拡張に加えて、ファンの方々を楽しませたいというサービス精神ありきのものだと僕は思います。じゃないと、イヴに電話企画という面倒だし、不確定要素の強いものはなかなかできないとも思いますしね。
 何を信じればいいか時々分からなかったり、当たり前が揺らいでいる時代だから、真っすぐな彼女の姿にホッとする時があります。2021年も彼女のいる「珠理奈HOUSE」に行くのが楽しみです。

万華鏡①

覗き見る世界の変化


 僕らが覗き見ることが出来る世界は、20世紀から21世紀にかけて、一気に広がりました。この文を書いている僕は、大人になるに連れてネットが生活の中に入ってきた世代です。生まれた時からネットがあるデジタルネイチャーの世代が、これからどんな風に世界を見ていき、作るのかも凄く興味があります。

 さて、大人になっていくに連れて、見るものも変わりますし、徐々に現実を知っていきます。いや、正確に言うと知った気になります。やがて、自分で「夢」に折り合いをつけて行ってしまう。徐々に変わってしまうんですね。このブログの読者の皆さんは、どんな夢を子供の頃に見ていたでしょう?

 SKE48の「制服の芽」公演のユニット曲「万華鏡」を聴いていると、僕は上記のことを思い出します。
 歌詞の世界を見て行くと、まず主人公の少年時代らしきものが提示されます。
 万華鏡を覗いて、夢を見ます。
 この時に注目していただきたいのが、窓の光を通して、万華鏡を見ているところですね。
 窓から光が差すということは、おそらく太陽が出ている昼間ですよね。
 この光を集めて見る夢は原色、つまり様々な色の元になるような希望があります。 

 1番のAメロでは、生きる意味が空白であり、それは想像ではまだ埋められない状況が語られます。大人びた友人は、ネットを見て少し学がある感じのことを言っています。多分、ソクラテス哲学における「自覚」ですかね?
 で、友人はネットを見ている。
 ネットというウインドウを開いて見る世界から、彼は哲学を学んでいます(この曲が作詞された時代はまだスマホ全盛ではなかったので、おそらくパソコンではないかと推測しました)。

 生きる目標がまだ分からない主人公ですが、欲しいものは明確です。
 それは愛です。
 受動的に自分の中に入ってくるものには、万華鏡を覗いた時のような色はない。


 さて、1番のサビでは、再び曲の主人公は万華鏡を覗くんですが、光が入ってくるのは、「蛍光灯」という人工的な光。そして、ひょっとすると夜やカーテンを閉めた部屋のような少年時代とは真逆の世界が描かれています。
 そして、彼の目には眩しく映ってしまいます。


 2番のAメロでは、落ちこぼれることもできず、軽蔑していた父親からお金を与えてもらう、という最低の生き方をしていることが描かれます。大人になりたいけれどまだなれない人生の中の特殊な時間が描かれます。

 そして、Bメロでは自由を欲しがります。
 自分の世界を彩るような素晴らしいものが無いこともここでは描かれています。

 2番のサビでは、冒頭に出てきた自分の少年時代の万華鏡の思い出が再度描かれます。
 大サビ前で、もう一度、愛を欲していることを示します。与えられるのではないとしたら、愛せるような対象かも知れません(お金じゃない愛が欲しいという解釈もできると思いますが)。
 映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の「自分のすることを愛せ、子供の時、映写室を愛したように」という台詞に示されるように、少年の頃、虜になった万華鏡のように、愛せる何かをまだ見つけられない状況に置かれているのかも知れません。


 そして、大サビでは、もう曲の主人公が万華鏡を覗かなくなったことを、机の中で埃をかぶっていることが描かれます。万華鏡という様々な夢が広がるものに触れなくなったことで、「あの頃」、つまり少年時代には戻れないし、夢も現実と折り合いをつけてしまったせいか、もう壊れてしまったことが語られます。

 「万華鏡」を題材に、夢の見方が成長と共に変わり、気づけばもう夢を見なくなってしまった悲しさを感じる名曲だと思います。万華鏡を覗いても、何も感じなくなってしまったのかも知れません。

 さて、この曲のメロディについてなんですが、リクアワのオーディオコメンタリーだと、よく、メンバーが「終わりの音が好き」と語ったり、「どこか懐かしさを感じる」と語ったりしていますが、歌詞の中で少年時代を描いているからかも知れませんね。

 振り付けは、サビの全員がバラバラの動きをするのが印象的です。

 平田理香子は、リクエストアワー2011のオーディオコメンタリーの中で、サビの動きについて「全部一人一人同じふりがなくて、最初の振り入れする時って、前の人観ながらできるじゃん。でも全然できないの」と語っています。そういえば、2012年のオーディオコンタリーで、矢神久美が「カウントずれとかもあって難しそう」と語っていましたね。実は難易度の高い曲なのかも知れません。

 秋元康の曲には、社会の空気を歌詞に表現した「サイレントマジョリティ」のような名曲もありますが、僕はこういう短編小説のような曲が好きです。いつの間にか少年時代の夢を失ってしまった青年の悲しさ(勿論、万華鏡がまだ机の中に残っている希望もあります)。

 この辺りの曲の解釈は、是非皆さんの意見も聞いてみたいです。
 だーすーなんかも2011年12月14日のブログでこの曲の解釈を書いていますね。

https://ameblo.jp/ske48official/entry-11107207039.html
 

 歌詞をしっかりと考えて歌う彼女だからこそ、歌いながらジーンときてしまうのも納得ですね。ちなみに、翌年のリクアワで「万華鏡」に緊張している菅なな子にだーすーは、優しい言葉で励ましていますね(2012年10月12日のアメブロを参照)。

https://ameblo.jp/ske48official/entry-11377514517.html

 この万華鏡の公演でのパフォーマンスというと、皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか?
 SKE48でも様々なメンバーがパーフォーマンスをしていますが、個人的には菅なな子バージョンや大矢真那バージョンが好きです。

 実は、大矢真那さんがブログの中で「万華鏡」を書いたことがあります。
 2017年6月28日のブログです。
 これは曲についてではありません。
 自分の心象風景を「万華鏡」で喩えています。

 少し読んでみましょう。

https://ameblo.jp/ske48official/entry-12287588668.html

 このブログを読んで目から鱗だったのが、万華鏡は、構成するパーツは常に同じだということです。見方を少しかえるだけで模様も変わる。少しの揺れで崩れてしまう繊細のものであるということ。これを念頭に置くと、先ほどの曲の解釈も更に奥行きが生まれます。夢は見る角度(視点の向き)によって変わってくるし、壊れやすいものであることが伝わってきます。

 もっと言うならば、SKE48の公演というのも同じメンバーで同じ楽曲をやっているように見えて、実は毎回違うものが表現されていることに気づかされます。

 自分の夢と、栄の劇場でメンバーたちが作るもう一つの夢、どちらも窓の光から覗いていたいと思います。

後輩上手の兵頭さんが気になる

 上手の定義とは?

 皆さんの学生時代には、どんな後輩が居たでしょう。
 僕が通っていた高校は男だらけの学校で、バレー部と登山部と建築部とラグビー部を兼任でやっていた僕のところには、屈強な男の後輩たちしか居ませんでした。

 カワイイ女子の後輩を映画やドラマで観る度に、「うう、こんな青春が送りたかった…」と憧れたもんです。

 さて、今回紹介する「『キーホルダー』後輩上手の兵頭さん」なんですが、以前、紹介した「からかい上手の中村さん」のシリーズみたいでしてね。
 まだの人は公式チャンネルをチェック!



 とりあえずさ、あの「サカモト」、いつの間に4人も仲良い女の子が出来てんだよ!
 テレビガイドみたいな相関図作りやがって!
 そんな器の小さい妬みは置いておき、今回の動画は普段しっかり者でどちらかというと、年長メンバーにカテゴライズされがちな兵頭さんが後輩役を演じているというところ!
 まずは、ここが斬新でしたね。
 そして、「犬みたいな」という比喩なんですが、僕は兵頭さんは犬か猫かで言うと、猫タイプだと思っていたんで、こういう「犬」的な人懐っこいコミュニケーションの仕方も斬新でした(皆さんはどちらのタイプだと思いましたか?)。

 で、観ていて思ったのは、兵頭さんって演技が上手ですね。
 表情の変化、特に目線の作り方と台詞の間が良いですね。
 「サカモト先輩、私彼氏できました!って言ったらどうします?」の言い方や目の開き方なんかはとてもドキッとしました。その後の「ま、嘘なんですけどね」との温度差も。
 この、「ま、嘘なんですけどね」は個人的に超ツボだったので、是非、これから色々なところで兵頭さんに使ってほしいですね。
 「I am your father.ま、嘘なんですけどね」
 「俺は、ガンダムで行く!ま、嘘なんですけどね」
 「ということだ。ま、便宜上私が仕切るが、そもそも出世に無縁の霞が関のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児、そういった人間の集まりだ。気にせず好きにやってくれ。ま、嘘なんですけどね」

 いやあ、使い道だらけですね。
 さて、話を戻すと、「おめでとう!」と言われた時の拗ねるような反応も新鮮ですね。
 サカモトくんが何でもいうこと聞くからって言った時に「10万くださいって言ってきそうだな」と想像していましたが、兵頭さん、普段はいったいどんな感じなんだ。
  
 色々ともてあそばれる主人公のサカモトくんですが、彼女がからかっていない唯一の言葉「私、サカモト先輩が来るの、ずっと待ってたんですよ」。この言葉と行動で後輩の兵頭さんのサカモトくんへの思いがなんとなく感じられますよね。
 先輩の持ち物の普段付けている物である「キーホルダー」を欲しがるところも。
 
 秋の優しい光と落ち葉、そして、兵頭さんの笑顔。
 寒い日が続く冬の日の心を、少しだけ暖かくしてくれる素敵な動画でした。

 ※ このシリーズの「となりの席の中村さんが気になる」という記事はこちら!

2021年1月5日火曜日

秒針を噛む

 眼差しの先にあるのは


 2020年12月31日。
 SKE48の10期研究生、加藤結は卒業しました。
 12月20日の21時51分にアップされた彼女の最期のブログに綴られたのは、小学生の頃から時間軸をずらして書いた、偽らざる自分自身の姿でした(勿論、言語化することや読者を意識した時点で多少の装飾はあるかも知れませんが)。

 「弱い自分」をさらけ出した上で、最後に彼女は「どうか、いかなるときも、みていてほしいです」と書いていました。

 いや、どうやって「みて」いたらいいのさ、と僕は思いました。
 事情が事情だけに、SKE48に戻ってくることは難しいです、それでも「みて」いるには思い出の中の彼女を楽しむしかないのかと。
 とにかく、惜しい才能を失ったな、と感じました。

 2021年1月3日。
 彼女は新しい歩みを始めます。
 Twitterのアカウントを開設。
 youtubeに歌ってみた動画を上げます。
 まだの方は彼女のチャンネルをチェック!


 次に原曲を聴いてみましょう。


 「ずっと真夜中でいいのに。」のは、聴いたことがなかったんですが、ACAさんの書く独自の世界観が素敵ですね。「秒針」という一番早く動くものを噛んで止めようとしても、あの思い出は内面から少しずつ消えていくかもしれない。だったら、いっそ忘れてしまいたい。でも、また「会って」しまうことを考えてしまう。「レイラ」がアラビア圏で「夜」を意味する言葉で、「ハレタ」を「晴れた」と書くとしたら、夜の終わりを連想させます。自分の暗い時間の終わり。悩みの解消でしょうか?
 
 少し深読みすると、アイドルとしての加藤結を曲の主人公として当てはめると、なんだか切ない感じもするんですよね。なんでこの曲を選んだんだろうと。勿論、好きだから選んだのかも知れませんが、新しい道へのスタートを僕は連想しました。

 SKE48という集団ではなく、自分一人の力で表現していく。
 それが現在ならば、やっていくことが出来るんですよね。
 今回の動画を観て、やはり、彼女の歌声は素晴らしいし、原曲のなぞるべき部分をしっかりとなぞることが出来ているので、これからも色々な曲にチャレンジして行きながら、加藤結の世界観を広げて行って欲しいなと思います。
 僕らにできることなんて、限られているかも知れませんが、「みて」行ければと思います。

 五十嵐早香推しの僕としては、この曲とか歌って欲しいな、と思っています。
  
 
 
 どうか、自分のペースで幸せに接続していく姿を僕らに「見せて」欲しいです。
 次の動画の更新が楽しみです。

 ※SKE48時代の「加藤結のブログは何故面白いのか?」という記事はこちら!

 ※卒業が決まった時の「ずっと見ていたかった」という記事はこちら!
 

2021年1月4日月曜日

サックスと3つの力

他者から見たバックボーン


 この人と一緒にいると安心だな、とかこの人と話すと自分が少し広がる気がするな、という人はいますか?

 それが身近な人の時もあれば、時を超えた先人が本の中に居たり、場所を越えてネットの中の動画やサイトに居るかも知れません。ただ、時や場所を超えた時は、なかなか「対話」は難しいかも知れませんが、自分で問いを見つけられる人であれば、可能だと思います。
 ソロプレイヤーとして素晴らしいタイプの天才は、往々にして誰かと組み合わさった時も素晴らしい作品を残すことが多いです。
 たとえば、谷川俊太郎さんの詩は、多くの画家たち、特に絵本作家たちを刺激しました。それは、谷川俊太郎の詩が持つリーチの大きさでしょう。詩からイマジネーションを広げて、それをヴィジュアライズ化する。また、正津勉と作った「対詩」という詩集では、途中で正津勉が谷川さんの才能に少しだけ揺らいでいるのに対して、しっかりしろ、と励ますように表現で彼を引っ張っていきます。それに呼応するように正津さんの詩も素晴らしいものになっていきます。

 これは、文学という作家が創作時間を自由にコントロールできるものでの話です。相手の良い部分や優れた部分、作品の核となる部分をくみ取り、必要なところを表現する。
 表現の時間が進んでいくライブやコンサートでは、組み合わせが失敗してしまうと、なかなか良いものになりません。時には相手を立て、またある時は自分が前に出てということが必要になってきます。

 古畑奈和は往々にして、それが必要な場に居ます。
 公演やコンサート。舞台や配信。
 リハーサルをいくら入念にしても、練習とは違う事態も起こります。
 たとえば、2018年12月16日に行われた「AKB紅白」。
 SKE48は紅組として出場し、だーすー&つーまーの「ここで一発」に続き、「Stand by you」と連続で曲を披露するんですが、「ここで一発」からの早着換えの際に、だーすーの着換えを手伝っていたかおたんが、うっかりこの後でも使うマイクを衣装と一緒に持って行ってしまいます。
 「マイクが無い!」という表情のだーすー。
 それを見た奈和ちゃん。
 二人はイントロのフォーメーションだと一つ隣りの辺りになるかと思います。
 そしてまずは、珠理奈のソロ。花壇のような階段のような道を作るフォーメーションです。しかも、「AKB紅白」は生歌だったんですよ、この年は(しかも、生バンドなんでいつもと違った味わいがあるんです)。さあ、どうする。
 だーすーの歌割りである「突然、急に心がハッとしたよ」の部分でスッと自分のマイクを奈和ちゃんが差し出します。しかし、彼女の歌割りはすぐ後の「昨日より美しく見えたんだ」です。どうする、と思いきや、すかさずだーすーが奈和ちゃんにマイクを返します。
 その後、マイクはだーすーの元に帰り、一件落着、大サビ前に入るぐらいで、だーすーが一瞬珠理奈の方を見て笑い、珠理奈もアイコンタクトを返しています。
 
 この辺りの対応力は、「流石は無音のセントレアで『オキドキ!』を踊った最強研究生の一人、信用でき過ぎるぜ!」と思いつつも、なんでこんなことが出来るのかな、とふと思いましてね。

 あの場には他に何人もメンバーが居た中で、誰ともかち合わずにあんなことが出来たのか?
 勿論、事前に「何番のポジションでマイクが無かったらこうする!」みたいな取り決めがあったのかも知れませんが、奈和ちゃんの曲への集中力や振り付けによる曲の世界観の表し方は尋常じゃないな、と思ってましてね。

 以前、珠理奈と平手友梨奈さんをふと比べたことがありましたが、ステージ上では奈和ちゃんの方が近いのかな、とふと思ったりもしました。
 ただ、平手さんも奈和ちゃんも少し狂気的な表現が、外の人に注目されがちですが、どちらも優しい性格なんですよね(しみじみ)。
 特に去年公開された映画「僕たちの嘘と真実」を観てからは、平手さんがいかに他のメンバーというか欅坂46という場を気にしていて、みんなのことが好きだからこそ、自分だけが目立っていくのが嫌になり、大事な場所から遠ざかっていく自分を感じていたか。
 彼女は脱退を選びましたが、奈和ちゃんもファンとの関係が薄れて総選挙とかが無かったら、優しい自分と必要とされる自分像の狭間で潰れていたんじゃないか、と不安になります。欅坂46の東京ドーム公演のアンコールの舞台裏で「出来ない、痛い」と叫ぶ平手さんと無慈悲なアンコールを聴いていると特に。
 奇しくもこの記事を書いている1月3日の夜、「いってQ」に出演している平手さんは無邪気な笑顔でウッチャンと独楽回しの芸をして、ウッチャンを励ます為に愉快なダンスを踊っています。何かから解き放たれたかのように。

 話を古畑奈和に戻しましょう。
 古畑奈和がセンターを務めた「FRUSTRATION」は、これまでの欲求不満からの解放を描いた歌詞で、是非、コロナが終息したライブの1曲目はこれで是非バカ騒ぎ出来ればと思うんですが、実はセンターでない曲や役でもその曲の主役たちを輝かせることが多いです。たとえば「DADAマシンガン」や「いきなりパンチライン」この辺り立ち位置でのMVやコンサートでのパフォーマンスを観ていただくと、主役の世界観に合わせて「古畑奈和」の表情や仕草の引き出しを開けています。しかも、悪目立ちしないように。
 AKB48でのカップリング参加曲なら、「君の嘘を知っていた」なんかもおススメです。
 また、「ハムレット」での演技も彼女が立たないと主役の珠理奈が小さく見えてしまいます。

 じゃあ、なんでそんなことが出来るのか?
 最初の問いに戻ります。

 その答えのヒントが彼女がずっと連載を持っている「Sax word」にありました。
 皆さんは、こちらの動画のシリーズ、お好きでしょうか?

 2017年あたりから、本格的にデュオに取り組んでいくんですが、最初は講師の先生から「何か気が付いたことがあったかな?」と言われていた奈和ちゃんが、徐々に講師の先生方からセッション終わりに褒められるようになります。

 たとえば、2020年4月24日に配信されたSAXCATSさんとの「茶色の小瓶」のサックスアンサンブル後には、こんな風にコメントしていただいています。



「一緒に演奏してて凄い楽しかったですし、凄い練習をね。凄い沢山やってきてくださって。凄いあの感動しましたなんか」(ソプラノ・サックス 藤瀬友希さん)

「私は実はAの部分のメロディの時に、あの二人っきりになれるっていう特権が。ベースラインの特権があって、凄く気持ちよくって。私たちの出しているこのスイングの形をちゃんと感じとってくださってて、それに乗っかって吹いてくださっていたので、凄い気持ちよく吹けました」(バリトン・サックス 本藤美咲さん)

「私はもう、さっきも言いましたが、吸収率が半端ないな、と思って。ビブラート教えた時も最初に教え時よりも次やった時かかってて。めっちゃ凄いと思いました。はい。あとやっぱり同じテナーなので、ちょいちょい2本一緒に動いているところがあって。それもばっちり吹けてて、ばっちりだと思います」(2ndテナー・サックス 髙木沙耶さん)

「一緒に演奏してて凄い楽しかったのと、あと、なんていうの?アンサンブルになんていうのか、スムーズにこう、アンサンブル出来てる音色というか。なんかこう、違和感なくみんなとCATSでやっている時と同じように違和感なく演奏してたので、なんかびっくりしました。楽しかったです」(アルト・サックス 瀬野冴香さん) 

「今回、私のパートを吹いていただきましたが、ちゃんと凄く吹けてました。あと楽譜読むの苦手って聞きましたけれども。ジャズの曲ってやっぱり楽譜をちゃんと吹くだけだとそれっぽく逆にならないので、そこは音源を聴いてそれを元に吹いてきてもらったのが、凄く良かったんじゃないかなと。凄く良い音だったので」(1stテナー・サックス 村井千紘さん)

 この動画でのコメントを一旦、抽象化したいと思います。

 「練習」、「感じ取る力」、「吸収力」、「アンサンブルに乗る」、「音源を大事にする」。

 後半の2つは、「感じ取る力」に入れても良いかも知れません。

 「練習」、「感じる取る力」、「吸収力」。
 この3つは、アイドルとしての活動に通じるものがあるのではないでしょうか?
 そういえば、舞台「AKB49」のメイキングで茅野さんが奈和ちゃんの「吸収力」を褒めてましたね。また、「古畑前田のえにし酒」の第20回で5期生として加入当初はダンスが出来ない組だったことを語っていましたが、必死で居残り「練習」
をしながら表情の研究をして自分のSKE48内での希少性を高めて行った。

 そして、「感じ取る力」こそが彼女の強みではないかと思います。
 以前から、僕は彼女がブログで書く文章が好きで、語りかけるような文体で心情を吐露していくスタイルがとても好きでした。また、独自のあだ名の造語センスは何なんだろうと。
 かつて、文章というのは選ばれた階級の人しか書けるものではなく、文章を書く為には沢山の本を読んで表現の引き出しを増やしていく必要がありました。
 でも、奈和ちゃんがめちゃくちゃ読書かであるというエピソードは聞いたことがありません。なんなら、彼女は読むことよりも書くことの方が多いと思います。じゃあ、彼女のこの文章はどこから来たのか?
 ひょっとして音楽を通してなのではないか、と僕は考え始めています。
 誰かに届けたい気持ちがあり、ステージではダンスや歌であり、ブログでは言葉。今、書きながら連想したことなので、またこの課題はいつか。
 

 2020年11月1日の「Sax word」の動画では、バラ―ド演奏に挑戦し、奈和ちゃんは次のように語っています。



「今日はですね。もう、凄い色んなことを吸収できたなと思うんですけど。
 個人的に、『わあ凄い』ってなんか感動したのが、今までサックスのライブとかに何度か行かさせていただいて、その音を聴いたんですけど。
 それはただ単になんか、音を楽しんでる自分が居たんですけど。
 でも今回、その吹く、演奏する側には楽譜に込められた思いを受け取ってそれを自分なりになんか、解釈してそこに愛が生まれるんだなっていうのを今日知って。
 今後サックスのライブに行った時でもこの方がこの演奏をするには、なんかこういう愛を伝える為に吹いてるんだな、とかこう向き合って愛を伝えてるんだなとか、そういうことを考えながら聴くサックスも楽しいかなと思いましたし、今日はピアノと一緒にデュオすることが出来て凄い楽しかったです。
 お互いのその投げかけてるよというか、『ここ受け取ってね』っていう掛け合いが難しかったんですけど。でも、意思疎通できた時が楽しいと思うので、私ももっとお互いの雰囲気を感じて、感じ取って『届ける』ということが出来るようになれば良いなと思いました」

 ちなみに、この動画でピアノの斎藤アリアさんに「正直、このデュオスタイルって、上手い下手の前に合う合わないってあるんですけど、凄くカンが良い」と褒められています。

 やはりここでも、彼女は難しさを感じながらも「感じ取る力」を褒められてますね。 
 また、苦手と言っていた譜面を読むことに、新しいアプローチを一つ見つけています。この人、まだまだ上手くなって行きますよ。
 

 「練習」、「感じ取る力」、「吸収力」この3つがあるからこそ、古畑奈和が居る場は安心感がありますし、咄嗟のハプニングにも彼女は対応できます。曲の世界に接続し、時には自分が輝き主役を輝かせます。そして、真っすぐ経験を自分の糧にしていく力。

 この3つの力を念頭に置いて、「AKB紅白」での対応力をもう一度考えると、納得の実力なのではないかと思います。普段の練習、場の空気を感じ取る力、そして、これまでの経験で吸収してきたもの。
 それがあるから、彼女は出来たんじゃないでしょうか?
 そういえば、「感じ取る力」や「吸収力」は、かおたんが握手会について、研究生として入ってきた奈和ちゃんに教えたことを吸収し、相手と「笑顔の交換」をする為に「感じ取る力」を発揮して行ったのではないでしょうか?
 そして、冒頭で平手さんと比較できるぐらいの表現力は、3つの力が古畑奈和という「楽器」を通してヴィジュアライズ化されるから、我々は心惹かれてしまう。誰かの為に泣けるぐらい「感じ取る力」が強い彼女だから、曲の世界にもライド出来る。


 古畑奈和の実力の背景を今回は、サックスを通して考えてみました。
 よく僕はブログで「古畑奈和のソロコンまたやって!特に中止になった大阪分はやって!お願い!」とか「セカンドソロアルバム出せ!クラウドファウンディングなら行けるはず!」とよく書いてましたが、ふと思ったんですよ。

 古畑奈和のセッションコンサートとかどうでしょう?
 これまでサックスワールドで関わってきた方たちやBS日テレの酒番組で関わった古川さんのグループや前田さんのグループ、ラジオでゲストに来てくれた武田真治さん。
 先日行われたAYAKARNIVAL方式で、それぞれの方が数曲披露して奈和ちゃんと1曲セッションとかですね。

 セカンドアルバムも歌唱だけでなく、彼女が演奏するインスト曲を入れるのも面白そうですね。歌詞だけで表現するのが音楽ではないですもんね。楽器を通すことで別の視点で楽しむことが出来る。

 夢は広がりますが、ソロプレイヤーとしての古畑奈和ではなく、誰かとセッションをする古畑奈和を、しかも、アイドル以外の人とセッションする古畑奈和を考えていくことで、彼女のバックボーンの新たな発見にチャレンジしましたが、彼女の独特の文体やワードセンスの理由は、まだ分かりません。

 ただ、良い研究というのは、一つの課題の論証をし終える頃には新しい問題が見つけられているもの。
 研究者は新しい問題を見つける方が、答えを見つけるよりも遥かに重要と森博嗣も書いていましたね。

 まだまだ、古畑奈和について考えることは面白くなりそうです。
 
 ブログを引用するというこれまでのやり方に限界を感じたので、この記事では、過去にさかのぼって「Sax word」の動画や「えにし酒」をチェックしていきましたが、彼女が作る場はとても良い空気に包まれます。それは彼女の握手に行ったことがある方なら、感じられるかも知れません。

 古畑奈和はソロでも魅力的ですが、誰かと絡むとまた別の面白さがあります。

 メンバーたち、ミュージシャンの方たち、酒場の方たち、ファンの方々、そして、今年控えている水戸黄門キャストの皆さん。どんな変化が今年彼女に起こるでしょう?

 練習し、感じ取り、吸収して、また女優に近づいていく。

 これから、奈和ちゃんを知るであろう全く違う世界の人たちが、びっくりするのが楽しみです。

※最新の「Sax word」では「願い事の持ち腐れ」のNコンのピアノ伴奏担当の青柳さんが登場してくださっていますよ。 


※奈和ちゃんのパートナーについて考えた記事はこちら!

※これまでの奈和ちゃんの記事をまとめたものはこちら!