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2020年10月13日火曜日

9月から10月のnote更新

 9月から10月のnote更新



2020/9/10「12周年公演と好きについて」(ラジオです)

https://note.com/oboeteitekure913/n/n128de74613a3


2020/9/15「古畑奈和をずっと見ていたい」(ラジオです)

https://note.com/oboeteitekure913/n/n6731ee50a3a7


2020/9/20「余韻を感じる時」

https://note.com/oboeteitekure913/n/n17b880107e49

2020/9/25「おすすめの映画と本 ミッドナイトスワン」

https://note.com/oboeteitekure913/n/n1a5bb371a8bf

2020/9/27「10月のブログの更新について」

https://note.com/oboeteitekure913/n/nbea48fc119ed

2020/10/2「どっちがいいのか?」

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2020/10/8「不要不急について」

https://note.com/oboeteitekure913/n/n6639c6f6aecd

2020/10/13「おすすめの映画と本 82年生まれ、キム・ジヨン」

https://note.com/oboeteitekure913/n/naaced79d7ed4

2020年10月11日日曜日

「to you for me」

 過去から今、そして、未来のあなたへ


 最近、対談企画をしたアイドルマスターのるくるぐさんから、声優としてアイマスで活躍している佐藤亜美菜に関する曲やライブのCD・Blu-rayを借りましてね。


 今年の春の初めに京セラドームで佐藤亜美菜と再会した時からずっと気になっていた曲がありました。

 ※ちなみにその時のライブの様子はこちら!
 9分52秒ぐらいからの「in fact」は、是非、48時代の亜美菜しか知らない人は聴いてみて欲しいです。



 凄い良い表情をしてますよね。
 丁度、「シンデレラの舞踏会」なるブルーレイを借りて観ていたんですが、そちらの静謐な淋しさや孤独とは違う、どこか、遠い日のことを思い出して語っているように僕には聴こえました。

 アイマスを全然知らないけれど、佐藤亜美菜のドラマは少しだけ知っている人間としては、思わず涙がこぼれた曲でした。そして、曲が終わった直後にるくるぐさんが「これだけでも兄さんを連れてきた甲斐があったな」と耳元でささやいたのを覚えています(何故か彼は、僕のことを『兄さん』か『ポーリー』と呼びます)。

 さて、この時の記事を書いた時に、多くのプロデューサーさん達に読んでいただけたんですが、「最後の4音に気づきましたか?」という質問が何回かありました。なんと、この4音が彼女の他のソロ曲である「to you for me」のサビだったんですね。芸が細かい!そして、知っている人はニヤリと出来る感じが素敵ですね。
 
 では、「to you for me」とはどんな曲か、聴いてみましょう。
 

 ※ライブバージョンは10分20秒ぐらいから! 

 ううむ、歌詞の前半は全て過去形で進んでいきますね。
 そして、サビが「あのね」と語りかけるような歌い方で入るんですが、この後の「to you and for me」だけが英語なんですよね。素直に日本語で伝えないところが「まだ少し照れくさくて」というところとも繋がる気がします。無理やり和訳すると、「私のためにあなたへ」へでしょうか?
 1番のサビで「前より」、2番のサビで「今日より」と彼女の視線が未来へと連想させられるサビの終わり方も良いですね。

 自分を変えてくれた人との思い出。
 自分の思いを大事なあなたへ伝えたい。
 簡単には素直になれないけど、自分の声で、という一途な思いが曲全体から伝わってきます。

 さて、こちらの曲を歌っている「橘ありす」さんについては、多分、プロデューサーさんたちが詳しいし、様々な解釈をされているのではと思うので、ここでは一回「佐藤亜美菜」の方に振って考えてみたいと思います。
 
 まず、新鮮なのが、「女性目線の曲を歌っている」ことと「ダンスがほとんどない」ということです。
 プロデューサーの皆さんからしたら、何を当たり前のことを思われるかも知れませんが、48はどちらかというと男性目線の曲が多いんですよね。ちなみにファン目線で描かれたNONAMEという声優ユニットの「この涙を君に捧ぐ」や、壮大な始まりを感じさせる「希望について」は亜美菜も参加しているので、是非、チェックしてみてください。
 次に新鮮なのが、「ほとんど曲にダンスがない」ことです。
 こちらも、いや何を当たり前のことを思われるかも知れませんが、チームK時代の佐藤亜美菜を知っている人間からしたら、「ダンスも出来るのにもったいない!」と思いつつも、動かないことで、表情に注目が行く。「演じる」ということに注目が行くんですね。そうか、もう彼女はアイドルじゃなくて、声優さんなんだもんな、としみじみ感じましたよ。ちなみに、「言い訳Maybe」のリクアワ時とかを見ると、アイドル時代の彼女がいかに凄いか分かると思います。総選挙の結果とはいえ、超選抜の2列目にいて、うちの珠理奈がその斜め後ろの列ですよ(急にSKEヲタ口調になりました)。



 もちろんね、歌声が「橘ありす」さんとしてのものなので、「佐藤亜美菜」目線で考えていくのは乱暴だと承知なんですが、最初の方に挙げたライブの映像を観ていると、本当はバリバリ踊れる人があえて身体をあまり使わずに表情と歌声だけで勝負する迫力を僕は感じました。俳優の千葉真一さんが、「本当に素晴らしいアクション俳優は動かない演技でも魅せられる」と語っていたそうですが、何かそこに通じるものがあるように感じます。

 話を「to you for me」に戻すと、「in fact」との繋がり目線で読み解いていくのも面白い曲ですが、「佐藤亜美菜」という人の人生と繋げてみても味わい深い曲だな、と感じます。AKB48というアイドルを駆け抜け、声優になり、今度は「橘ありす」というアイドルと一緒に表現していく。その姿を見ていると、本当に良いキャリアを進んでいるな、と感じます。

 なかなか難しいかも知れませんが、いつかまた、それぞれが自分のキャリアを進んだ先に、「NONAME」が揃ってライブすることとかないかな、とふと思いましたよ。特に声優の道に進んだ人達は。それぞれが演技力を磨いた上でもう一度、あの頃の曲を表現する機会がこないかなと。
※ おすすめの「この涙を君に捧ぐ」を貼っておきます。秦佐和子さんがただただ儚く美しいという世界の真実が閉じ込められた3分16秒でもあります。
  

 ※ 個人的に、このバージョンが何故か泣けます。「瞼を落ちて目尻から流れ落ちた熱いもの」のところの亜美菜が素晴らしい。


 ここ数日間、過去のアイマスのライブ映像を観ていたんですが、名古屋ドームとかの映像を観ていると、もう一つのコンテンツとして行くとこまで行ったな、と感じましてね。次はどんなところに冒険していくのか楽しみですが、また、佐藤亜美菜と橘ありすに素敵な曲が来て、大観衆の前でパフォーマンスする日が、また来るといいな、と思います。

 最近、気になった曲を貼ってお別れです。


※京セラドームの時の記事はこちら!

※るくるぐさんとアイマスとSKE48のことを中心に2次元と3次元のアイドルについて考えた対談はこちら!

2020年10月9日金曜日

「もっと観たいと思わせるセンス」

 スキルとセンス


 

 先日、楠木建さんの「経営センスの論理」という本を読みながら、おっ、と思うことがありましてね。「スキル」と「センス」の違いに書かれていたんですね。ただ、なかなかこの二つの概念は、抽象的な表現のまま考えるのは難しいので、たとえを出されていました。「スキル」は、「国語算数理科社会」のように数値化できるもので、身に着けるものが出来ること。それに対して「センス」は「モテる」というような生まれつきの感覚である、ということ。経営者はセンスのある人、担当者はスキルがある人が向いているというような内容でした。詳しくは是非、読んでみてください。

 SKE48のメンバーの中で「センス」を感じるメンバーは沢山います。
 それはもう、厳しいオーディションを勝ち抜いてきた人達ですから。
 その中でも単独センター経験者の珠理奈、だーすー、ゆななは「センス」を僕は感じます。

 そして、古畑奈和。
 この人も生まれながらの人を惹きつけるセンスを感じます。ダンスや歌のスキルが凄くてもセンスがないと、やはり、ただの上手な人だと思います。

 2020年10月3日から行われたSKE48の12周年公演フェスでは、「0start」、「逆上がり」、「ラムネの飲み方」と3つの公演に彼女は出演しました。

 この3つの公演が彼女のセンスを別々の感じで光らせるプリズムになってましてね。
 特にユニットブロックが3日とも印象的でした。

 初日の「MARIA」では、彼女のことが大好きな岡本彩夏さんと、成長著しい水野愛理とのトリオで登場したんですが、元々チームK3rdの「脳内パラダイス」の曲ですが、歌詞の物語的な要素と奈和ちゃんの表現力の相性が凄く良かったですね。僕は、何故かみこってぃの幻を途中で観てしまいました。ソロ曲の「MESSIAH」とどこか通じる世界観でもありますね。彼女の動きや表情、歌詞の世界観を具象化するというセンスを感じました。ソロアルバムで作ってきた表現力をユニットでもフィードバックする感じですね。

 次は、「逆上がり」での「虫のバラード」。
 SKE48ファンの方なら山下ゆかりのソロでお馴染みですが、僕はこの時、ラジオ番組「10月のお楽しみ」で最近、再会したAKB48チームKの秋元才加さんを思い出しました。
 どこまで意識していたか分かりませんが、古畑奈和の柔らかさに力強さが瞬間瞬間にメリハリで入る感じは、独特のものでしたね。
 「虫のバラード」についての奈和ちゃんのブログを見てみましょう。
 https://ameblo.jp/ske48official/entry-11598058023.html

 秋元さんの強さに古畑奈和の歌唱力を掛け算することで、更に新しい「虫のバラード」を見せることが出来たんじゃないでしょうか。
 AKB48での兼任で手に入れた表現力がここでは出ていたんじゃないでしょうか?


 そして、最終日の「フィンランド・ミラクル」。
 これはちょっと意外でした。
 まさか、まなつ、ゆななといった「可愛い」の超正統派曲で出るとは。
 でもね、2012年頃の研究生だったり、チームE時代の古畑奈和の笑顔の写真と「フィンランド・ミラクル」での笑顔を見比べてみてください。
 何も変わっていないんです。
 一緒に踊った片岡成美、水野愛理コンビとはまた違った可愛さなんですよね。そうそう、こういう一面もあるよね、という。


 ちょっと、「フィンランド・ミラクル」について書いた奈和ちゃんのブログを読んでみましょう。

 https://ameblo.jp/ske48official/entry-11594132865.html

 そういや、これ、会場で観ましたよ。
 菅なな子とのコンビが、SKE48の未来を感じさせました。ああ、これからこの二人が引っ張っていくんだろうなあ、と。
 佐藤実絵子さんが言ってた通り、「躍動感」(いや『脈動感』という言葉もあるのかもしれませんが)が素晴らしかったですね。
 可愛い曲が自分の好き感じと真逆だ、といいつつも、みんなから評価されているのは流石ですね。
 先日放送された「古舘伊知郎のオールナイトニッポンGORD」の中で秋元康が「恋するフォーチュンクッキー」に関するエピソードを話していたんですね。曲が完成した際に、センターを務める指原さんは、物凄く嫌がったそうなんですね。「もっとファンの人がコールを入れられるアップテンポな曲が良い」と。しかし、彼女が自分が好きなものと真逆のタイプの曲が意外と彼女にフィットして大ヒットしました。

 今回の「フィンランド・ミラクル」も同じような化学変化が起きたのではないか、と思います。なんというか、久しぶりに彼女が「可愛い」というスポーツで全力を出してきた、という感じがします。

 こうして彼女が担当したユニット曲だけで並べてみると、彼女のこれまでの歴史を逆行していって、手に入れてきたものや元々持っていたセンスを、12周年公演という物に反射することで確認できたのではないかと思います。
 茅野イサムさんが、ミュージカルのメイキングで彼女の集中力や吸収力を評価していましたが、これまで吸収してきたものが、溢れ出たユニットブロックだったのではないでしょうか?

 そして、今回観られかった別の面は、これから他の曲と重ね合わされることでもっと観られるんじゃないかと思います(『10クローネとパン』のような世界観も好きですが、個人的には『観覧車』のような歌い方の彼女も観たいです)。


 シングルの発売が来年以降ということで、今、僕が求めるのは、対外試合だと思います。それは、アイドルフェス的なものではなくて、普段と違う曲を歌う、普段と違う自分を演じる、そんな対外試合です。先日の朗読劇もまだ観られていませんが、古畑奈和という人の未来に接続するものを残りの2か月間で触れていって欲しいな、と思っています。

 カミフレや「P4U」とかの動きを観ていると、ひょっとすると、SKE48は演劇業界とのパイプが少しずつ強固になっているのでは、と思います(オファーが増えているだけかもしれませんが…)。
 本当に妄想の話になって恐縮ですが、これまで彼女が歌ってきた曲の中で僕が心惹かれるのは、どこか悲劇の予感や悲しみの中に希望がある曲でした。なので、ひょっとすると、そういう原作の作品と奈和ちゃんは相性が良いのでは、と個人的に思っております(その反面、『えにし酒』でみせた人懐っこさがみられるような役もみたいんですけどね)。
 あと、曲だと「僕の打ち上げ花火」の古畑奈和バージョンも聴いてみたいですね。どう表現するんだろうと。

 もっと色々な顔が観たい。もう一度あの顔が観たい。
 そう思わせるセンスこそが、古畑奈和にはあると思います。


※ あと、「10月のお楽しみ」で流れていたこの曲も似合いそうです。ラジオ好きとしては、11月も12月もお楽しみが続いてほしいです。

2020年10月2日金曜日

12周年公演に向けての短期集中連載最終回「思い出に手をふりながら」

 この1か月間のこと



 9月1日にSKE48の12周年公演フェスが発表されて1か月が経ちました。
 この1か月間連載を続けてきて、色々と感じたことを最後に書いて終わりたいと思います。

 まず、感じたことは、「こんなにSKE48で胸が躍ったのっていつ以来だろう?」ということです。
 近年、皆さんの推しメン個人に対して、期待したり妄想が広がったりすることがあっても、SKE48全体の取り組みとして、心が大きく動いた方はどれぐらい居らっしゃるでしょう?(推しメンじゃないけど、古畑奈和センターが僕の最後です)

 「オードリーのオールナイトニッポン」の中で若林さんが、コンテンツに対しての「好きや愛は捏造できない」ということを話していました。本当にその通りだな、と今回感じましてね。無理やり好きになることは出来ないんですよ。31回書いていきながら、自分が好きなSKE48ってどんなものだろう、自分が好きな時期っていつぐらいだろう、と感じることが多々ありました。
 その中で、本当に「過去」にすがってSKE48を推していたんだなあ、と感じました。「伝統」とか「思い出」という良い面もあるんですけどね。ただ、「今」を頑張っているメンバーにいつまでも「過去」を押し付け続けても仕方ないかな、とも思いましてね。多分、それは自然に受け継がれていくものだな、と。「模倣」をして欲しいわけではないですし。倉島杏実先輩のように歴史を見てきて、それを受け継いでいる人も好きなんですけどね。もう、めちゃくちゃ信用できます。
 ただ、今のメンバーで出来る新しい地点を目指す頃かな、とも思っています。


 今回の連載で、僕のリサーチ不足で一人だけ書けなかったメンバーがいます。これからの重要なマスターピースになるであろうメンバーです。
 それが、青海ひな乃です。
 本当に感覚的な話をして申し訳ないんですが、何か新しい歴史を0から作れそうなメンバーの一人だと思います。いつか彼女についてじっくりと書きたいと思います。本当は珠理奈で初めて、青海さんで終わる連載も考えていました。


 さて、話を戻すと、多くのSKE48ファンの皆さんが、この1か月間、様々な期待や想像を12周年公演に対して繰り広げたんじゃないでしょうか?
 AKBの総選挙の朝の「この数時間後に自分の推しメンはどうなっているんだろう」という期待と不安とはまた違った期待をこの12周年公演フェスで感じています。

 明日からの公演フェス、いったいどんな化学反応が起こるのか。ひょっとすると、卒業した過去の推しメンの残像が見える瞬間もあるかも知れません。でも、それでもいいじゃないですか。こういう時ぐらい「思い出」と再会しても。僕自身、もう中西優香の居ない「制服の芽」を、岡田美紅の居ない「青春ガールズ」を観て、何も感じないわけがないですもん。
 でも、「思い出」と同じぐらい、いや、それ以上に輝く「今」の可能性がきっとあります。だから、忘れないけど、大事にするけど、それはそれ、今は今として新しいものとして楽しめればなと思います。


 「歴史」や「思い出」に挑むSKE48のメンバーたちへ、惜しみない拍手を送りたいと思います。「今」のチャレンジを肯定することで、シェイクスピアの「テンペスト」のラストシーンで、観客の拍手が主人公プロスペローを救って自由にするように、きっとメンバーたちの自信になり、何かから自由にしてくれると僕は信じています。

 一か月間、この連載に付き合ってくださった皆さん、ありがとうございました。

 大丈夫、SKE48はこれからも面白くなる。

※なんとなく、連想した曲を貼ってお別れです。


「君を忘れたこの世界を 愛せた時は会いにいくよ」


 

2020年10月1日木曜日

鎌田菜月という川に足を入れるとき

 冷静な分析力と生き残りへの道


 前回、鎌田菜月さんについて書いた「鎌田菜月という川に手を入れる時」という記事で、今まで食わず嫌いしていた鎌田さんについて少しふれてみたんですが、もう少し知ってみようと思いましてね。 

 今回は、彼女が自分の立っている場所をどうやって変えて行ったのか、どういう闘い方をファンの方々としてきたかを考えてみたいと思います。
 

 彼女のイメージとして強いのが、ソーシャルゲームの「P4U」でのCM選抜です。
 2014年から2019年において、ランクインし続けています。

 ただね、シングルの選抜になったのが、2017年からアメブロの引用という古畑奈和ちゃんの時みたいなアプローチがなかなかできないんですよ。
 そこで、もう開き直って今回は、ある年のあるイベントに限定して見ていきたいと思います。

 それは、2018年総選挙。

 そう、48グループの歴史において2020年現在最後の総選挙に注目してみていきましょう。
 2018年4月18日深夜の「AKB48のオールナイトニッポン」において開催地が名古屋ドームであることが発表されます。

 この時の彼女のブログを読んでみましょう。
 https://ameblo.jp/ske48official/entry-12369706254.html

 過去最高順位を目指して彼女は始動したわけですね。
 ちなみに、2015年は70位、2016年は74位、2017年は44位という結果です。2017年のジャンプアップが彼女の勢いを感じさせます。そして、自分の敵は自分自身という観点も素敵ですね。

 2018年5月31日。
 速報が発表されます。
 彼女の順位は70位でした。
 この日のブログを読んでみましょう。

 https://ameblo.jp/ske48official/entry-12380094361.html

 ううむ、この速報の夜というのは、毎年、心がざわざわしますよね。
 過去の速報順位の中では、一番低い順位からのスタートになります。
 そして、僕も図星をつかれたようなところが文章の中にありましてね。
 当時、バリバリの総選挙中華思想の持主だった僕は、「1期から5期は総選挙選抜に入っているし、ドラフト1期も総選挙選抜に入ってるけど、まだ6期生は入ってないしなあ。苦労人が多いのは、分かるけど。これならキャリアは浅いけどセンターを生み出した7D2にこそ夢を託したい」という考えの持ち主だったんですね。
 こういう思考を鎌田さんも敏感に察知していたんだなあ、と。
 流石の分析力だなと感じました。
 ただ、このブログを最後まで読んで、何故か涙が流れていました。
 ひょっとすると、今のところ、彼女のブログの中で一番好きなものかも知れません。

 2018年6月8日。
 総選挙前の最後の公演を終えます。
 この日のブログも気になるので、読んでみましょう。
https://ameblo.jp/ske48official/entry-12382335698.html

 もう、周りの目なんて気にせずに自分との闘いに挑むんだ、という感じが良いですね。
 「夢」と「目標」の違い、そして、「目標」を現実にしていくには。
 彼女の熱い気持ちが伝わってきます。この頃は「一部を切り取る」人が多かったですね。今も居るんでしょうか?

 2018年6月17日。
 総選挙当日。
 僕もあの日、会場にいました。
 鎌田菜月さんの名前が呼ばれた僕の率直な感想は、「えっ、早くない?」でした。
 去年の数字を考えれば、彼女はさらに上に行くだろうと予想していたからです。

 この日の彼女のブログを読んでみましょう。
https://ameblo.jp/ske48official/entry-12384353103.html

 もうね。
 この名前呼ばれた時の描写とか、ゾクゾクしますよね。
 彼女の視点から描いた壇上の景色と推し席の様子。
 いやあ、この日は僕も須田亜香里応援席から、色々なメンバーのサイリウムをカチカチしてましたよ。岡田美紅推し席から落選したんですよ、ええ。

 話を戻すと、彼女は悲観することなく、「嫁ぎにきてください」という言葉でファンの方々との絆を強めつつ、あくまで「過程」であるということを書いています。

 穿った見方をすると、強がりを言っているようにも見えますが、彼女が本当に「過程」にしてしまうのは、この2018年秋から、2020年現在までの彼女の活躍を観れば、一目瞭然でしょう。

 総選挙が終わり、彼女の新しい1歩を感じさせる、2018年6月26日のブログを読んでみましょう。

 https://ameblo.jp/ske48official/entry-12386625683.html

 「女の一番の化粧は笑顔」という言葉、素敵ですね。
 ここから、彼女は自分の道を更に確立していきます。

 今回は、2018年総選挙関連から見ていきましたが、「生き残る」というキーワードから考えると、実はシングル選抜視点から見ていくと、更に見えてくるのかな、とふと思ったりもしました。

 鎌田菜月という人が自分の立ち位置をどうとらえて、それをどう変えていこうとしていたか。その考えの一端を今回は触れられたんじゃないでしょうか。

 また、ある程度調べて考えがまとまったら、さらにこの川を進んでいきたいと思います。

 

12周年公演に向けての短期集中連載第30弾「Future Is Born」

今も「未来」が形成されていく


 今年の夏の終わり、SKE48の「物語」について2つの記事を書きました。

 8月24日に書いた「伝説のライブ」について。

 https://oboeteitekure.blogspot.com/2020/08/blog-post_24.html 

 8月25日に書いた「夢と日常と」という記事。

https://oboeteitekure.blogspot.com/2020/08/blog-post_25.html


 「伝説のライブ」では、「物語の喪失」と「非日常の喪失」を語りました。目指していた目標がもうなくなってしまったこと。「夢と日常」での過去の美化と、どんな夢を設定すれば良いのか、という問題を提起し、カミフレがSKE48の歴史をなぞりつつ、それを現在の技術で超えるという企画を提案しました。過去を超えるための新しい夢を作るアイディアが必要であるとも。


 それから、9月1日に12周年公演フェスが発表されました。
 「そうきたか」
と、僕は膝を打ちました。

 見事に新しい「未来」の創造を始めている。

 「名古屋ドーム」という「未来」は2018年の10月に一気に離れてしまった感じがして、それからぽっかりと無くなった「未来」を見つけるための「日常」が続いていった気がします。大きな波が立つことは少なく、平和な日々が続いていく。

 やがて、その「日常」も2020年の春からは失われ、もうSKE48というものがじわじわと弱っていくんじゃないか、と心配していました。

 そこに来て、この12周年公演フェス。
 あの頃夢見た「未来」は今の社会情勢では難しいかもしれません。

 けれど、新しい「未来」を作るために、「歴史」と一度接続して、模倣ではなく新しい公演たちを作っていく。今いるメンバーたちで「歴史」を短期間で再構築していく。その中には、「歴史」への敬意も勿論あると思います。まるで、博物館で歴史の中で燦然と輝いたものたちを観ていくように、ゆっくりと一つ一つの公演を観ていく。ただ我々観客とは違って、メンバーたちは、展示物を取り出して身にまとい、なんなら振り回すことで、「歴史」の中に眠る何かを掴んでいくのだと思います。

 いよいよ、2日後からの12周年公演フェス。
 どんな「未来」が形成されていくか楽しみです。
 いつかの「物語」とまたどこかで合流するのか、また違った「物語」が紡がれていくのか。これは、「13枚目の絵」という記事でも書きましたが、今いるメンバーだからしか描けない「未来」が待っていると思います。それは、大きいとか小さいじゃなく、「面白い、ワクワクする」が次のキーワードじゃないかな、と僕は思っています。

 ※30日間、記事を書く時によく聴いていたこの曲を貼ってお別れです。

 

12周年公演に向けての短期集中連載第29弾「SKE48とSKE48風」

 君が見たものは何だ?

 美術はお好きでしょうか?
 僕は琳派が好きで、京都の国立博物館によく作品を観に行きました。
 年を経てからは、西洋絵画も勉強するようになり、ドガが一番好きです(だから、NMB48の『ドガとバレリーナ』はなんとなく、『アラベスクの終わり』を連想させて好きです)。
 その中で最近は、小林秀雄の「芸術新潮」の連載をヒントにピカソについても勉強しています。
 ピカソの友人であり、秘書でもあったサバルテスは、著作のなかで芸術において「探求」してしまうことの危うさをピカソはサバルテスに語ります。「意味」に拘泥してしまうことで、ありのままを捉えずに、芸術の本質とずれてしまうのではないか、という問題提起でもあると思います。

 何の話をしているんだ、と思われる方がいるかも知れませんが、12周年公演で一つ危惧していることがあるとすれば、振りを覚えるというのは良いと思うんですが、過去のSKE48のチームの模倣になってしまわないか、ということです。勿論、チームのカラーに即した公演曲もあります(『ラムネの飲み方』なんかは特に)。
 けれど、誰かの真似になってしまった瞬間、過去という歴史の重さに負けてしまうと僕は思っています。youtubeで曲を検索すると、よく「cover」という名のカラオケが沢山アップされていますが、「~風」の仕上げは出来てもその曲の本質を自分なりに再構築できるのは、やはり、プロの人達ならではだと思います。SKE48だと、古畑奈和ちゃんの「コールボーイ」とかね。
 小林秀雄は著作の中でピカソの模倣に走る人は、あまりに危険な道で、模倣者は呪われるとまで、書いています。ただ、ゴーギャンやゴッホが自分たちの知らない土地の芸術の歴史にふれた時、自分の内面や自分に似た何かを見つけたように、メンバーたちも過去の公演にふれることで、自分の中の新しい顔や何か時間差の同期感を抱く瞬間があるのでは、と期待しています。そこからどうやって、本質を掬って自分たちの表現にしていくのか(マネみたいに歴史に苦しめられる可能性もあり)。

 僕らも過去に捕らわれず、「あの時の〇〇と違う!」と「〇〇を超えるのは無理!」という史観はいったん置いておいて、ナチュラルな視点で12周年フェスをみていきましょう。ピカソの言葉を借りるならば、「時と場所と見る人の精神状態が仕上げをするだけだ」でしょうか。美術の名作は、見るひとの精神状態や美術館など、場所によって感じ方も違ってきます。僕らの見方できっと公演も変わってみえる。

 ピカソがセザンヌを評して、彼の注意力の凄まじさをとらえ、セザンヌが木の葉を掴んだら、木のことも掴んでいる。それほどの注意力の持ち主であると書いていました。

 一つ一つの公演も、簡単にわかったら面白くない。
 自ら踊り、歌うことで、注意力を総動員して集中してこそ見えてくるものがある。その時、本質に触れられるのか?
 誰かの真似で終わるのか?

 どこまでも危うく探求しながら、「SKE48風」ではなく、新しいSKE48の公演を作っていってほしいですね。

※「親友ピカソ」の中の有名な会話を連想させるこの曲を聴きながらお別れです。