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2022年3月6日日曜日

エンドロールの後も続く物語

今もきっと



 昨年(2021年)の12月に刊行されたダン・ヒースの「上流思考『問題が起こる前』に解決する新しい問題解決の思考法」が面白いです。
 冒頭で出てくる医療社会学者アーヴィング・ゾラが語ったとされるエピソードを驚くぐらい雑に紹介させてください。
 「あなた」が友人と川岸で楽しくピクニックをしているとしましょう。
 すると、川で叫び声が!
 なんと子供が川で溺れているではないですか!
 「あなた」は友人と一緒に川に飛び込んで子供を助けます。
 良かった。良かった。
 これが映画「子連れ狼 死に風向かう乳母車」だったら、「あなた」の武器である銃を奪った拝一刀が川辺に立っているところですが、溺れていた子供も大五郎ではないので、大丈夫です。
 ところが、すぐに違う子供の叫び声が川から聞こえてくるではないですか。
 間一髪、なんとか救うことができました。
 しかし、次から次からへと子供が流れてくるじゃあないですか。
 ふと友人の方を見ると、川から上がって上流を目指しています。
 「上流に子供を流しているやつがいる!そいつをぶっとばす!」

 これは根本的な問題が普段から見逃されているのではないか、という大きな問題提起です。そこから、問題解決について語られていくんですが、この上流思考というのは問題解決だけではなくて、他のことにも応用できるのではないか、と思いましてね。
 
 SKE48における公演職人たちの歴史。
 まずは、あいあいこと、杉山愛佳さんとなるぴーこと片岡成美さんについて書きました。
 その上流にいる、なるちゃんこと、市野成美さんについても先日書きました。
 じゃあ、その上流には誰がいるのか?

 SKE48の4期生、えみりんこと小林絵未梨さんだと僕は思います。
 彼女のことをなるちゃんは「師匠」と呼びました。
 何故、彼女はなるちゃんが「師匠」と呼びたくなる存在だったのか。
 今回は、えみりんについて考えてみたいと思います。

 彼女は2010年9月30日にSKE48の4期研究生として、SKE48に加入します。
 同年12月6日に4期生たちが中心となったチームEが結成されますが、そこに彼女の名前はありませんでした。
 それでも彼女はめげることなく、公演に出続けます。

 2011年の生誕祭の手紙では、「制服の芽」公演の松下唯さんのポジションと、「パジャマドライブ」公演では、阿弥ちゃんポジションを短期間で覚えたエピソードが彼女のお母さまから語られたそうです。 
 その時の彼女は決してダンスが得意でも覚えが早いわけでもなく、泣きながら家でDVDを見ながら覚えたそうです。
 これに加えて「見逃した君たちへ2」で「手をつなぎながら」のアンダーも担当しています。
 2012年になると、「ラムネの飲み方」公演では古川プロと佐藤聖羅さんポジションもマスターします。
 少しこの後書くことと時期が前後しますが、2012年6月17日に彼女がグーグルプラスで書いたことを少しだけ抜粋します。
「小林絵未梨 6/17 22:47
 えみりの初アンダーって
 Eだっけ?Sだっけ?
 忘れた(笑)

 小林絵未梨 6/17 22:47
 3つの公演を一気に覚えたのしか覚えてないわ、、、

 小林絵未梨 6/17 23:02
 水のないプール
 手紙のこと
 覚えるの大変だったなー
 
 小林絵未梨 6/17 23:49
 でもガイシでコンサート
 ほんと良かった!
 生誕Tシャツ見つけたときの嬉しさ半端なかったよー」
 
 最初読んだ時、ちょっと凄すぎて理解が追い付かなかったんです。
 3つの公演を、同時に?
 めちゃくちゃ過ぎます。
 いったい、昔のSKEどうなってんだ、と。
 当時のチームSは選抜メンバーの多さから慢性的な公演メンバー不足だったそうです。
 しかも、当時のチームSは桑原みずきや中西優香という公演の鉄人たちもいました。
 3期生たちのラジオのトークを聞く限り、出るまでのテストもあり、そう簡単に出られるものでもなかったはずです。
 それでも出演できていた背景には、彼女の努力があったからこそではないかと思います。
 

 2011年11月26日に5期生たちがお披露目されます。
 その中には彼女の後に「弟子」となる市野成美の姿もありました。

 2012年、彼女の活動の中で転機となる出来事が起こります。
 2012年2月27日に書かれた彼女のブログの一部を抜粋しましょう。

「前回はブログをあげられなくて
 ごめんなさい。

 ご存じの方もいると思いますが
 パパが脳幹出血で11日に倒れて15日の朝
 お星さまになりました。

 人の命は
 ずっと続くものではありません。
 だけど
 パパの命が尽きるのは
 早すぎました。

 まだまだ
 親孝行してないし
 パパとはしたいことは
 たくさんあったけど
 今はSKEの活動をして
 元気なところを見せるのが
 一番の親孝行だと思います。
 
 いつまでも悲しい姿を
 見せてられないと思って
 17日の握手会にも参加させていただきました。

 握手会では
 『一緒に頑張ろうね』
 『いつでも頼ってね』
 って言ってくださったり
 励ましのコメントも
 たくさんもらって
 ファンの方の優しさ、大切さを感じました。

 本当にありがとうございました!!

 パパはずっとえみりの心の中で
 生き続けています。
 この前は夢に出て
 一緒に笑ってくれました(^ω^)
 また夢に出てくれるといいな♪

 …なんだか
 文章がごちゃごちゃになったけど
 みなさんに
 えみりの気持ちは前を向いているということを
 伝えたかったのです。

 これから
 みなさんに頼ることがあるかもしれませんが
 そのときはよろしくお願いします!」

 そして、翌日のグーグルプラスでは短いですが、こんな投稿をしています。

「おはようございます(敬礼する顔文字)

 今日はパパの誕生日!
 柿の種を買って
 お供えしようと思います♡

 今日も一日ふぁいてぃん(腕を上げる顔文字)」

 突然のお父様の死。
 そして、握手会の時のファンの方々の優しい言葉。
 短いけれど、お父さんへの気持ちが感じられるえみりんのぐぐたす。
 一つ一つが心を動かされる言葉ばかりです。
 夢に出てきたエピソードなんて、涙なしには読めません。
 彼女は、前を向いてSKE48の活動を続けていきます。

 2012年8月24日、研究生の昇格発表がありました。
 しかし、そこに彼女の名前はありませんでした。
 この頃のファンの方々の声を探していくと、チームSのアンダーが多かったことから、彼女がチームSに昇格するのでは、と語られていたそうですが、残念ながら、昇格はかないませんでした。
 それでも、かおたんやわんちゃんと一緒に研究生公演を盛り上げていきました。
 これは、思えばかおたんがトリックスター的に研究生として活躍していたのに対して、えみりんは、様々なチームのアンダーに出ながら「公演」というSKE48の基盤を支えていました。対照的な二つの才能がこの頃の研究生にはいたんですね。

 2013年1月15日。
 この日、彼女は卒業発表をします。
 この時、彼女のアンダー出演回数は当時の最多記録の113回に達していました。

「私、小林絵未梨はSKE48を卒業します。去年の2月に父親の死と向き合ってから、自分の将来についていろいろと考えて卒業を決めました。今までSKE48のメンバーとして活動してきて楽しいこと、嬉しいことが沢山あった分、苦しくてつらいこともたくさんありました。それも全部含めてSKE48の一員としていられたことは、私にとって一生の誇りです。SKE48で学んだことをこれからの人生に活かしていこうと思います。
 皆さんと過ごせる卒業するまでの間最後まで応援よろしくお願いします」

 この日の22時36分にアップされた花音のアメブロを読んでみましょう。


 「4期生の中で一番尊敬しているメンバー」、「弱音もはかない」というところから、彼女が選抜常連でSKE48の最前線を走っていた同期からも、リスペクトされていたのがわかりますね。
 
 さらに、この日の23時53分にアップされたゆかぴこと、山下ゆかりさんのブログの一部を読んでみましょう。

 「実はえみりの卒業を知ったとき『なんで?じゃあ、これからゆかりはどうすればいいの?』って泣いて…えみりを困らせました。
 そしたらえみりは『ゆかりは大丈夫。ステージでのゆかりは輝いてるよ。えみりの分まで頑張って』って。
 その日はたくさん泣いたけど、えみりと今年約束したことがあるので…もう泣きません。」

 彼女と「人生共同体」だったゆかぴならではの文章ですね。
 卒業が決まったことから、同期のメンバーたちの生誕祭を頼まれることが増えていきます。


 2013年3月13日に行われた山下ゆかり生誕祭で読まれた彼女の手紙を読んでみましょう。
「ゆかりへ

 17歳の誕生日おめでとう。
 
 ゆかりを初めて見たのはオーディションの最終審査。
 第1印象はすごく元気が良くてうるさい子。正直苦手なタイプ。まさか人生共同体と名付けられるくらい仲良しになるとは思ってもいませんでした。

 ゆかりはしっかりしてて、強そうに見えるけど、本当は甘えん坊で、泣き虫。めんどくさい子ね。でも、ゆかりの泣き顔、かわいくて好きだよ。

 リクエストアワーのリハーサルの後、『虫のバラード』のことが心配で泣いてた時も、すごいかわいかったもん。パフォーマンスへの意識が高いゆかりはステージでいつも輝いてるよ。だからこれからも心配して泣いたりしないでね、めんどくさいから。

 17歳のゆかりにたくさんの笑顔がありますように。

 絵未梨より

 P.S.

 絵未梨と同じ舞台に立ちたい!って言って、研究生公演に出てくれてありがとう。次はガイシかな?2人で『眼差しサヨナラ』をできたらいいね。

 そしてファンのみなさん、これからもめんどくさい山下ゆかりをよろしくお願いします。

 以上、SKE48研究生の小林絵未梨でした。」

 ゆかぴの一見するとネガティブにみられる「めんどくさい」ところを肯定し、将来の幸せを願う素敵な手紙です。

 さらに、2013年3月18日に行われた犬塚あさな生誕祭でも、えみりんの手紙が読まれました。
「わんちゃんへ

 1日早いけどお誕生日おめでとう。

 1ヶ月後には私が19歳になって、ほとんど年の差のない私たちは同じ4期研究生で、親友のような存在だね。

 ふざける時はとことんふざけあって、たくさん笑って、悩んでる時は相談し合って、一緒に泣いたりもしたね。

 『PARTYが始まるよ』公演を4期5期だけですることになった時、真木子さんたちが昇格した時、いつも私が立ち止まってしまう時、隣にいてくれたのはわんちゃんです。今までありがとう。

 私は卒業してしまうけれど、辛い時はいつでも相談に乗るから頼ってね。

 いつも笑顔で誰にも優しく接することができるわんちゃんは後輩に頼られてるから、もっと自分の意見を言っていいと思うよ。この前のレッスンの時も注意したり、意見を言ったりするのが怖いって言ってたけど、全然怖くないよ。だから、どんどん意見を言って、後輩を引っ張っていってね。

 私に安心して卒業して欲しいって言ったの覚えてる?私はわんちゃんがいるから、頼もしいわんちゃんがいるから、安心して卒業できるよ。だから、研究生をよろしくね。

 私の願いは、私の分までわんちゃんが昇格することです。
 
 昇格した時は一緒にご飯食べに行こうね。

 今年は新しい発見と成長を感じれる1年にしてください。

 絵未梨より」

 3期なしで公演をしていく時の不安、自分が立ち止まった時、そんな時にも隣にいてくれたわんちゃんへの手紙。
 だからこそ、卒業した後も支えたいという気持ちが伝わってきます。
 

 そして、2013年4月14日。
 「市野成美・小林絵未梨合同生誕祭」が行われました。
 まさかの指定合同生誕祭ですが、なんとも粋な計らいですね。
 まずは、この時に読まれたえみりんからなるちゃんへ書かれた手紙を読んでみましょう。

「なるちゃんへ

 14歳のお誕生日おめでとう。
 

 なるちゃんとは同じ誕生日で、運命的な出会いをしたね。一緒に写メ撮ったの覚えてる?

 なるちゃんが公演に出始めた頃は、振りや立ち位置があやふやなところがあって、この子大丈夫かな?って心配した時もあったけど、今じゃ沢山アンダーに出て活躍しているなるちゃんを見て、安心しています。これは、なるちゃんが毎日毎日練習を重ねてきた成果だね。

 そして、その成果のお陰でチームEへの昇格おめでとう。師匠はとっても嬉しいです。これからはチームEとして、先輩として、頑張ってね。なるちゃんの活躍を楽しみにしています。

 いつもしつこいぐらいにひっついてくるなるちゃん。私はいつも鬱陶しがってるけど、ほんとはかわいいなーって思ってるよ。

 これからもかわいい弟子でいてください。今度また一緒に遊園地に行こうね。なるちゃんにとって、素敵な1年でありますように。

 師匠の絵未梨より 」

 自分と同じように努力してきたなるちゃんの姿。
 自分と同じように沢山アンダーに出演するなるちゃんの姿。
 そんなかつての自分と似た存在が昇格してくれること。
 これは、卒業していく師匠として、嬉しいことではないかと思います。僕の勝手な推測ですが、自分の分まで報われてほしいなという思いも感じました。
 

 次になるちゃんがえみりんに送った手紙を読んでみましょう。

「絵未梨さんへ


 お誕生日おめでとうございます。

 

 私はSKEに入った頃、研究生の先輩では斉藤真木子さんやエンジェルさんとはすぐ話せるようになったけど、見た目が怖かった絵未梨さんには近づけませんでした。

 でも、先輩たちが卒業や昇格でだんだん少なくなって、残った研究生でレッスンや公演ををするようになってがんばっている絵未梨さんを見て、どんどん尊敬するようになりました。

 今では尊敬し過ぎて『この曲ではここが絵未梨さんの声が一番聴こえるパートだ』とか『このパートの絵未梨さんの顔は見逃したらいけない』とか私の耳や目が絵未梨さんのために勝手に進化していきました。キモイですか?

 公演で披露する曲が変わって、ポジションの発表がある度に、私は絵未梨さんのポジションを見て、『どうして?絵未梨さんはもっと前でしょ?絵未梨さんにはもっと前で踊ってほしい』って自分のことのように悔しかったです。それは一生懸命がんばる絵未梨さんを見てきたからです。それでも何も言わずに与えられたところでがんばる絵未梨さんが大好きでした。

 3月の初めに4月生まれの生誕Tシャツをデザインすることになった時、『なるちゃん、私、最後の生誕Tだからお揃いにしようよ』って誘ってくれたこと、本当に嬉しかったです。嬉しすぎて上手く描けるまで、何回も何回も描き直しました。


 私に急なアンダーで声がかかって不安そうにしていると『がんばって。なるちゃんならできるよ』って励ましてくれたり、終わるといつも『大丈夫だった?』ってメールで心配してくれました。絵未梨さんに「がんばって」って言われると何でもできる気がしました。

 握手会の後、私が誰とも時間が合わなくて、一人でいた時、『なるちゃん、一緒に遊びに行こう』って声をかけてくれたり、『弟子にしてあげる』って言ってくれたり、本当にたくさんの『ありがとう』を言いたいです。

 卒業してしまうことは初めは知らなくて、でも色んなことで何となく気づきだして、でも怖くて聞けませんでした。4月に入ってからはこのまま時間が止まってしまえばいいのにって何回も思いました。

 そして、ガイシホールでのコンサートで昇格発表がありました。私は自分の名前が呼ばれた時、一番に絵未梨さんのことを考えました。絵未梨さんがこんなにもがんばってきて昇格できずに卒業していくのに、私なんかが昇格していいの?って苦しかったです。絵未梨さんは『おめでとう』って笑ってくれました。本当は悔しかったはずなのに笑ってくれたんだと思います。

 そんな私の大切な師匠の絵未梨さんがもうすぐいなくなってしまうなんて信じられないです。それでもその日はもうすぐ来ます。SKEじゃなくなってもずっと私の師匠です。私にもいつか弟子ができるぐらい、もっともっと努力していきます。

 私は14歳の1年はがんばるので、絵未梨さんも19歳の1年をがんばってください。

 あっ、書き忘れてました。絵未梨さんが私に一番最初に話しかけてくれた言葉は『誕生日一緒なんだよ。写真撮ろっ』でした。覚えていますか?

 絵未梨さんのその時の髪型はポニーテールでした。合ってますか?

 なるちゃんより」


 もう、読みながら涙が出てきました。
 なるちゃんのまっすぐな思い。
 なんで、これだけ頑張っている人が前じゃないんだ、なんで、自分が昇格して師匠は卒業していくのか。
 本当は悔しいはずなのに、笑ってくれる師匠への思い。
 僕が好きなSKE48のメンバーが書いた手紙の一つです。

 
 2013年4月19日に彼女の卒業公演が行われました。
 この公演の時にゆかぴが読んだ手紙を読んでみましょう。

「約2年半おつかれさまでした。最初に絵未梨を見たときはなんだかやる気のなさそうな子だと思ってました。そんな絵未梨とこんなに仲良くなるなんて不思議ですね。絵未梨が研究生としていろんなチームのアンダーに出て必死にがんばっている姿をずっと見ていました。そして自分のことよりも人のことを最優先に考える絵未梨の優しいところが私は大好きです。離れていても絵未梨とゆかりは"人生共同体"です。大好きー!」

 「自分のことよりも人のことを最優先に考える絵未梨の優しいところ」がまさに、彼女の「利他」的な精神を感じます。これは、なるちゃんにも受け継がれていくのではないかと思います。

 最後にファンの方々に向けてのメッセージでえみりんは、次のように語っています。

「最初は本当に無愛想でやる気のなさが出てしまっていたみたいです。それでもここまで頑張ってこれたのは皆さんのおかげだと思います。本当にSKE48に入ってからたくさんの方に出会って、私は一人じゃないって感じることができました。大切な仲間もたくさんできて私は幸せです。悔いの残るようなこともありません。これからはSKE48で学んだことを生かして頑張っていきたいです。本当にありがとうございました。アンダーで困ったときは私を呼んでください」

 「アンダーで困ったときは私を呼んでください」という言葉に彼女の優しさを感じます。
 ゆりあもこの日のことについて、ブログで書き残しています。


 
 人生に「もしも」はないですが、もし、えみりんの努力が認められていたら、昇格していたら、と考えてしまいます。
 SKE48全体のことを考えれば、どの公演でもアンダーに出られる人材は、昇格させたくなかったのかもしれません。
 それでも、彼女のようなひたむきな努力が報われる選択肢があればな、とふと思いました。
 
 映画にはエンドロールがあります。
 エンドロールが終わったら当然ですが、映画の物語は終わります。
 しかし、良い映画はエンドロールが終わった後も、観客の心の中で続きます。
 見終わった仲間と喫茶店で話したり、暮らしの中でふと思い出したり、さらに良いものは人格形成の核になっていきます。
 小林絵未梨の物語を観たなるちゃんたちの心では、エンドロール後もえみりんの物語は続いていたのではないかと思います。
 そして、その「利他」の精神は、ちゃんと上流から下流へと受け継がれていきました。
 
 彼女が劇場で鳴らしたベルは、彼女がいなくなっても鳴り続けていると信じています。