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2022年2月27日日曜日

心にFlower①

 誰かの心に花を咲かせられること


 2022年2月22日に3月9日発売のSKE48の新曲「心にFlower」のMVが公開されました。

※まだの方は公式チャンネルをチェック!



 ううむ、今までのSKE48のMVにはなかった色使いですね。
 まずは、歌詞の世界からじっくりと見て行きましょう。

 今回の歌詞の特徴は、誰かが「君」に語りかけるような文体で書かれています。
 1番のAメロでは、クラクションの喧噪が示されます。
 このことに対して耳を塞ぎたくなる。
 でも、小鳥のさえずりや木々のざわめきは聞きたくないのか?と「君」に問いかけてきます。
 耳を塞いでいるだけではだめであると。
 ちなみに、クラクションは都会や人工をイメージさせられますし、小鳥のさえずりや木々のざわめきは自然や空を連想させられます。
 
 1番のBメロでは一度深呼吸を、つまり、思考のリセットをして自分の外の世界を見まわしてみようといいます。 
 ビルという喧噪を連想させるものがあり、その隙間には青空という自然や空を連想させるものがあります。
 耳を塞ぎたいものばかりではない、視界を遮るものばかりではない。
 だから、諦めるのは勿体ない、と語り掛けます。
 そして、自分から変わってみようとも。
 自分という内面から変化させることで、外側である世界にも変化を起こせるのではないか、と僕は考えました。
 サビ直前の「Set me free」は「自由にしてくれ」という風に僕は訳しました。
 唐突に出てきたこのメッセージは2番へのフリにもなっていると僕は思っています。

 1番のサビでは、目には見えない花を心に飾ることを語ります。
 この花は清らかな気持ちであるというのが歌詞の内容から分かります。
 そして、内面を清らかな気持ちに変化させてそれをキープしようと。
 ノブレス・オブ・リージュですね。
 もし、自分の世界が汚れていたとしても、明日になると真っ新になるとも語ります。
 この「世界」というのは、自分の内面かも知れませんし、外側の社会かも知れません。
 怒りに震える内面の「世界」かも知れませんし、喧噪が鳴りやまない外側の世界かも知れません。

 つまり、1番で見えて来るのは、清らかな心を気持ちに持つことで、自分の世界はよくなっていくということが見えてきます。
 また、悲しい雨と悪意の礫はどちらも降るものですし、ネガティブなイメージでつながります。
 雨が降っても日差しを思い出す。それは、心に雨が降り続けていても、日差しがないと花は育ちません。心に悪意のようなものやネガティブな感情のままでは清らかな心は育たない。そんなメッセージに僕は感じます。悪意に引っ張られない毅然とした態度こそが美しいと。
 
 そして、何気なく書かれていますが、「いつものLOVE SONG」を口ずさむことがかなり重要だと思っていましてね。
 日本近代詩の世界では、ほとんどの詩が市井の人々から必要とされていなかったのではないか、と言われています。僕が大嫌いな言葉ですが、「不要不急」とされていたわけです。ただ、一度だけ必要とされた時代がありました。それは戦時中です。多くの詩人たちは戦意高揚のために詩を書くことになりました。勇ましさはありますが、僕が好きな繊細な心の動きや恋心を歌うような詩は必要とされませんでした。清家雪子は「月に吠えらんねえ」の中で萩原朔太郎と北原白秋を中心に、最新の近代詩研究を元にこのことについて真摯に向き合っていましたが、「いつものLOVE SONG」をどんな状況でも歌えることが、実は重要だと僕はこの曲の中で思っています。

 さて、2番のAメロでは、どんな色にも染まらないことから始まります。
 色というのは個性である。自分の個性を守るために、周りに合わせる必要はないとも語ります。
 いきなり、個性という内面と周りという外側の対比が出てきます。
 違う意見に従わないというのは、一読すると極端に聞こえるかもしれませんが、ここでいう「従う」は妥協してしまうことではないかと思います。ただ、従うだけのは協調性ではない。協調性は認め合うことであるということだと語ります。
 
 2番Bメロでは、怒りについて、10秒と言う僅かな時間をおくことで「くだらないこと」と思えると語ります。
 空模様はすぐに変わる、これは、内面の変化とも結びつきますし、直前の起こったら10秒時間を置くこととも繋がりますね。
 その為には、怒るのではなく笑うべきだと語ります。
 さて、「Let It go」の解釈については1番と対応させるならば、「解き放て」が良いかも知れません。直後の歌詞ともつじつまがあいますしね。直前の歌詞と合わせて「やってみよう」でも良いとも思います。

 2番のサビでは、心を開く、つまり、内面の何かを外に出していくことについて語られます。それは、花びらの香りを出すことであると。花とは清らかな心だとしたら、その心が他者に向かうと何になるか。
 それは歌詞の中で「愛」だと示されていると僕は思います。
 意地悪な人たちは、おそらく悪意を振りまいてくる人たちだと思います。
 この人たちについては、想像するしかないですが、ひょっとすると、この曲の歌詞で語られることとは逆の存在ではないかと思います。
 怒りやすく、他者を認めず、愛を知らない存在。
 ううむ、何故かネットの中にいそうな気が僕はしましたが、皆さんはいかがでしょう?
 話を戻すと、この語りかけに関して自己批評的に「綺麗事」としています。
 しかし、「仮面ライダークウガ」の中にある名台詞「綺麗事だよ、でも、綺麗事だから本当にしたいじゃん」というそれでもやってみる価値はあるというメッセージにもなっていると思います。
 ぶつかりあって闘うのではなく、どう受け入れるか。しかも、それは一方的に受け入れるのではなく、認め合う。つまり、相手にも認めてもらうということだと思います。
 
 大サビ前では、生きるということは大変でもあり素晴らしいことでもあると語ります。
 どういう生き方をするのか、生きるということの意味は変わってくる。
 それならば、みんなを癒せるような花になるべきだ、と再び花という単語が出てきます。
 清らかな心でみんなを癒す存在。
 僕は存在が「いる」ことだけで価値を感じるウェルビーイングを連想しましたし、アイドルという存在こそが「花」ではないかと思います。
 
 気高く毅然とした清らかな心を持ち、時にはみんなを癒せる存在。
 そんな存在に「君」はなれ、というメッセージを感じます。
 この後、大サビでは1番の歌詞が繰り返されますが、この2番と大サビの後だとより言葉が立ち上がってくる気がします。

 物凄く比喩とイメージが素晴らしく、僕は俄然、この曲の歌詞が好きです。

 さて、次にメロディーですが、サビが爽やかでこれからの奇跡に丁度合うんですよね。 
 どうか、大事に育てていって欲しい曲です。

 MVに関しては、色遣いとか花のモチーフを見た時は蜷川実花っぽい感じがしましたし、敵の服装はどう見ても「イカゲーム」の方々ですし、闘い方は「ハーレクイーンの華麗なる覚醒」のオマージュを感じましたし、はっきり言って「足し算を失敗したのでは…」とちょっと不安だったんですね。中東やメキシコっぽい収容所なら「ボーダーブレイク ソルジャーデイズみたいなのにしてくれよ」とか容赦なくやってくれよと思ったりもしましたが。
 アクションシーンでよこにゃんを使ってないのも凄く勿体ないと思うんですね。
 彼女がこれまでのキャリアで(特に2作にも渡るアクション中心の舞台で)、培ってきたものを考えると非常に勿体ないです。
 また、映像的な決め絵といいますか、スピルバーグの「ジュラシックパーク」シリーズで恐竜歌舞伎のような決め絵が来たときのような嬉しさがあるんですが、その反面、疑問も生じてましてね。
 あれ?
 歌詞の中で闘うなって言ってんのに、思いっきり闘ってない?ということです。
 これは、結構、モヤモヤしていたんですが、「心にFlower」というタイトルから、内面での戦いではないか、と思いましてね。
 怒りの気持ちに支配されていた内面に、花が咲いて行く。
 その過程ではないか、と。
 だから、メンバーたちは鮮やかな衣装や武器を持って、心に花を咲かせてポジティブな気持ちを解放していくのではないかと思います。
 苦しい解釈かも知れませんが、僕の中で他に納得いく解釈が今のところないのです。皆さんはいかがでしょうか?

 視点をさらにメタのレベルに引くと、秋元康からセンターの林美澪さんを始めとするSKE48メンバーへのメッセージにも聞こえます。「君」たちが、この悪意の礫が降り注ぐ時代に、どんな存在であるべきか、という。
 曲のテーマについては、前田敦子のソロ曲「Flower」や花が枯れて次の花が咲くまでの「2588日」を最初は連想したんですが、むしろ、これは欅坂46の「誰がその鐘を鳴らすのか?」の方にテーマは近いと思います。




 「喧噪」から始まり、自己主張ではなく相手の声に耳を傾ける、認め合えるかについては、通じるものがあると僕は思います。「鐘」の解釈が難しいところなので、ここでは触れませんが、内面的な「花」よりは外側に位置するものではないかと僕は思います。

 この曲のMVが発表されてすぐに、世界に再び銃声が鳴り響き始めました。
 アイドルは何の為にいるのか?
 「AKB0048」のようにアイドルは争う心や荒んだ心を癒せるのか?
 再び歌が現実社会との向き合う時が来ている気が僕はしています。
 「いつものLOVE SONG」はちゃんと歌っていられるのか?
 東日本大震災の時に、人々の心に花をさかせた、48グループなら負けないと僕は信じています。