声という楽器の快楽
2022年もあと一か月と少しで終わりですが、今年のベスト曲やベスト映画は決まったでしょうか?
ベスト曲に関しては、また年末ぐらいに発表しようかと思うんですが、まだ映画は考えあぐねていましてですね。今年も面白い映画が沢山ありましたね。今年の日本映画の注目作の一つだった、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」もその一つです。
村上春樹の「ドライブ・マイ・カー」を原作に、静かな演出で喪失の痛みを乗り越えて行く主人公の心情を描いています。
主人公の家福さんは、俳優で舞台演出家です。彼は車の中でいつも自分が演じる舞台の台詞を練習します。妻が吹き込んだ台詞をかけて(家福さんが喋るところは空いています)、運転中練習します。この物語ではチェーホフの「ワーニャ伯父さん」が練習されます。
しかし、物語の3分の1ぐらいで妻は死んでしまいます。
車に残った彼女の声、そして、専属で運転手になった女性みさき。
いくつもの言語で行われる舞台「ワーニャ伯父さん」は、ソーニャ役の女性の手話で(また、この手話を顔で追う西島さんの演技が素晴らしい!)幕を閉じます。
「仕方ないの生きて行く他ないの」
車の中で流れていた声は、声にならない手話の字幕で家福さんに届く幕切れでした。
この物語については、既にいくつもの評論が出ているので、興味のある方は是非読んでみてください。
車という拡張した身体を他者にゆだねることで村上春樹の作品には珍しい傾向にあることを書いた評論や、物語のレイヤーについての評論もあります。ちなみに、僕は前者の評論も後者の評論も好きです。色々なアプローチが出来る作品だと思っています。ちなみに、家福とみさき、ではなく、家福と高槻の物語だという読み方も面白かったです。
車の中で台詞を聴きながら何度も自分の中に落とし込んでいく練習法は俳優のブラッド・ピットもしているそうですし、タランティーノ・監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・ハリウッド」でディカプリオも役の中でそんな練習をしていましたね。
繰り返し聞く言葉が自分の中に落ちて行く。
作中で専属運転手のみさきに家福が聞きます。
「君はずっと聞いててうんざりしないか?」
「しません。この声が好きなんだと思います」
この映画では言葉と同じぐらい声についても意識させられます。
死んでしまっても残る声、知らない言語で読まれる声、字幕を読む時に心の中で変換される声。僕らは様々な形で声を受け取ったり、受け取れなかったりしながら、生きて行きます。
奇しくもこの「ドライブ・マイ・カー」が受賞を逃したアカデミー賞を受賞したのは、耳の聞こえない両親と兄をサポートする娘が歌うことを夢見る物語「コーダ 愛のうた」でしたね(こっちも素晴らしかったです)。
話を戻すと皆さんの中にもずっと降り積もってきた言葉や声があると思います。
ばかばかしい例を一つ挙げると、僕はうっかり欲しいものを買わずに帰って後悔すると「こんな簡単な答えが出てるのに、何故にためらって見送ったのだろう!」とあのリズムで言います。これは「大声ダイヤモンド」が自分の中に落ちていないと、多分言わない言葉ですし、あの曲の中で流れる声が好きだからだと思います。
さて、今年、印象的な声を意識させられる曲が生まれました。
チームK2の新曲、「時間がない」です。
ちょっと聴いてみましょう。
まだ正確な歌詞が出ていないので、歌詞についてのアプローチはまた後日に行おうと思うんですが、タイパを優先する世界において、怖いけれど変化を望む感じかな、と初めて聴いた時は感じました。正確な歌詞を読んでどうなるか、楽しみです。
さて、この楽曲の発見は、何といってもこれまでのSKE48には無かったメロディの誕生ですよね。
Night Tempoさんの得意とする80年代のジャパニーズポップスの匂いをさせながらも、チームK2のメンバー一人一人の声をこれでもかというほど、引き立たせる楽曲になっていると思います。
一度、この曲をMV無しで聴いてみてください。
いや、分かる、青木莉華さんがカワイイのは、分かる。
でも、声に注目する意味では、このMV無しの聴覚だけで聴いてみるのがおすすめです。
いや、分かりますって、青木莉華さんが可愛いのは。
僕の推しメン遍歴知ってまか?中西優香→岡田美紅→五十嵐早香ですよ。
そんなのショートカット大人メン大好き人間には、苦しい。
チャドウィック・ボーズマンを失ったライアン・クーグラ監督ぐらい苦しい、ワカンダ。フォーエバー、略して「ワカフォー」ですよ。
それでも、悲しみを乗り越えて、声に注目してみましょう。
声のリレーを思わせる冒頭から、Aメロの江籠ちゃんの声が印象的です。
個人的に、この曲で( もしかすると新公演で )江籠ちゃんは新しいカードを一枚手に入れた印象があります。それは、江籠ちゃん推しの方やSKE48ファンが彼女の次のステージとして期待していたものと合致するのでは、と僕は思っています。
そして、水野愛理の歌唱部分ですよね。
彼女の声って、本当に良くて次に歌唱力の大会があるならば、是非、参加してほしいメンバーの一人です。今の彼女は内側での評価ではなく、そろそろ外に打って出るフェイズではないかと思っています。公演ではソロ曲が来ても面白いかもしれません。彼女のパブリックイメージを少しずらすような。
で、サビの印象的なリズムですよね。
最近、僕は仕事が終わってから雑誌の編集作業をする時のプレイリストを作っているんですが、このサビの自分への蓄積は凄くてですね。普段の仕事中もちょいちょい頭の中でリフレインされます。特に「ないない」の部分が。
そして、不思議と飽きがこない。
うんざりしないわけです。
それはメロディの素晴らしさもありますし、声の居心地の良さもあります。
僕は車の運転をしませんが、きっと夜のドライブ中に流しても、邪魔にならずにかといって味気ないものでもない1曲になっていると思います。
果たして、この曲が公演初日でどんな感じで披露されるのか、楽しみです。
西井美桜さん、伊藤実希さんの二人は、MVでは出番が少なかったものの、ダンスが素晴らしいと思いますし、研究生公演ではフロントを務めることも多かった二人なので、この公演で一つ変身することを期待しています。僕はこのMVでこの二人の静のシーンとサビの動のシーンを見て、いや、もっと観たいな、と感じました。
勿論、青木莉華さんがカワイイのは、分かってるんですよ、ええ。
こっちもね、卒業した早香先生の応援が優先なので、あれですが、陰ながらチームK2の10期生がどう変化していくかも注目しております。Night Tempoさんという日本や韓国だけでなく、国際的に有名な方だけに、拡散の仕方次第では序列もガラッと変わるのでは、一気に愛される層も広がるのではと思っております。西井さんのキレのあるパフォーマンスや伊藤さんのダイナミックなジャンプは、選曲次第では海外のファンも増えるきっかけになるのではと思っています。
他にもあーやのこととかも書きたいんですが、一旦ここで終えます。
聴けば聴くほど、自分の中に留まっていく曲、「時間がない」。
皆さんは、誰の声が心の中に蓄積されていますか?