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2021年7月23日金曜日

あの頃の君をみつけた

今とあの頃が交差する場所


 2021年7月22日12時。

 SKE48の新曲「あの頃の君をみつけた」のセンターとMVが発表されました。
 新センターは、10期研究生の林美澪。まだ12歳です。今、このブログを書いているのが、7月23日の14時頃なので、発表から24時間でもうすぐ6万再生に迫る勢いです(多いと感じるか少ないと感じるかは、前作のデータと照らし合わせれば良いんですが、前作の24時間後の数字を取ってなかったので、比べられないんです。トホホ)。

 まずは、MVを観てみましょう。

 
 まずは、歌詞の世界から見て行きましょう。
 1番のAメロでは、曲の主人公である「僕」が、ある通学路で夏の制服を着た「後輩たち」を見つけます。ここでのポイントは「懐かしい」という感情を「僕」が抱いていることです。主人公はもう「通学路」を利用していない大人なんだということが分かります。
 だからこそ、自転車を押した距離が青春だと気づくということを考えられるんでしょうね。
 
 サビ前では主人公の「僕」が、好きな気持ちを伝えられずに、友達のままで居た過去が回想されます。
 
 そして、サビです。
 「僕」は「あの頃の君」を通学路を歩く後輩たちの中に見つけます。
 しかし、それは見た目が似ているわけではなく、シチュエーションだということが2番の歌詞から分かります。場所から起因される切ない思い出の記憶。
 個人的には、かなり純文学的で秋元康文学の中では、久々に力が入ったのが来たなあ、と思っています。

 2番のAメロでは、通学路の後輩達の制服に目を移し、そこから感じる眩しさは太陽の光ではなく、未来の可能性による輝きだと語っています。ここも面白くて、制服の後輩たちが可能性のある未来へと時間軸がおそらく進んでいるのに対して、「僕」は反対に過去である「あの頃」を見ているんですよね。
 2番のサビ前では、時間の経過の早さをリュックサックの重さで分かると語っています。このことからも、「僕」はもう学生ではなく大人なのではないかと考えられます。
 そして、2番のサビです。
 「あの頃」ではなく「目の前」にいた「君」は一瞬でいなくなり、「思い出」に変わります。この辺りは1番の歌詞や2番のサビ前の歌詞ともリンクする大人だからこその感覚ですね。今を生きている「後輩たち」にはまだ実感できない。
 そして、「思い出」だからこそ、「永遠に好き」なんですね。

 大サビ前では「あの頃」の自分によく似た「彼」を見つけて、応援したくなります。
 「君」だけではなく、「僕」も自分で見つけたんですね。
 
 大サビでは、1番のサビを繰り返し、最後のフレーズに進んでいくんですが、ここで、場所に関する心情の歌詞であることが明示されます。誰にでもある好きな人と通った思い出の場所。
 歩く人は変わっても、気持ちや思い出は変わらない。
 なんだかこの辺りは深読みすると、秋元康の2021年のSKE48観を聞かされている気にもなりますが、深読みだと思います。

 メロディに関しては、凄くサラッとした爽やかなもので、サビのフレーズが頭に残ります。
 新センターの林美澪ちゃんにも似合う清涼感のあるものになっていますね。

 MVに関しては、初めて観た時の印象では、「いや、天気違いすぎだろ!」でしたが、一人一人のバストショットでのシーンが良いものが多いですね。こっちは凄く天気が良くてメンバーに当たる光も明るいんですがね。
 個人的には、古畑奈和ちゃんの空を見上げるような角度で目を閉じているところがお気に入りです。
 あと、選抜に復帰した菅原の笑顔が眩しかったです。
 「意外にマンゴー」の上空からの映像だったり、「前のめり」の桟橋だったり、多分、「あの頃」を沢山持っている人にはレイヤーがいくつも重なるものになっているのでは、と思います。
 でも、新センターの林美澪ちゃんやこれからSKE48を作っていくまだ期の若いメンバーには、「あの頃」を超える「今」を見せつけて欲しいと思います。
 
 ちなみに、この曲を秋元康の曲の系譜で言うと、「君はメロディ」に近いかなと思います。思い出が起因されるのが場所である「あの頃の君をみつけた」に対して、「君はメロディ」は懐かしいメロディなんですよね。思えば、あの時は、前田敦子が限定復活、今回は珠理奈と同じシチュエーションのセンター。
 分かりやすいと言えば分かりやすいんですが、場所や音楽という変わったり流れたりしていくものに対して、思い出だけはそこにある、という文学性が好きです。
 
 いつか、林美澪さんが卒業する時、僕らはこの曲を聴いて「あの頃の君」をみつけるのかも知れません。