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2020年1月21日火曜日

おすすめの映画と本「映画秘宝 2020年3月号」

でも、やるんだよ



 あれはまだ、僕が社会人になりたての頃だったと思う。
 当時、仕事の関係で文学作品に関する評論集を沢山読んでいた。
 1冊1冊が分厚く、全ての内容を理解するのに苦労した。
 まだ、「ググる」という行動やインターネットの情報の信頼度が今よりもずっと低かった頃だ。本と本を並べながら読み、まどろっこしい表現をしている評論家たちに怒りを感じていた。
 慣れない業務用の文章を上司に何度もダメだしされながら書いて、文章を書くことに物凄く息苦しさを感じていた。
 「読む」のも「書く」のも「真面目さ」や「正しさ」が求められた。
 もちろん、仕事だから当たり前なのだが、これ、どれぐらいの人に伝わってるんだろう、と疑問に思っていた。
 
 体育会系の会社に馴染めなかった僕は、よく休憩時間以外でも、別の支店への移動時間を無理矢理引き延ばして本屋に行った。
 別に欲しい本があったわけではない。
 ただ、本屋には偶然の出会いがあったし、まだ、あの頃は書店員のポップや棚が今ほどうるさくなかったからだ(『体系的に棚が作れる』店員さんがいる書店って、今どれぐらいあるんだろうか)。
 当時、一番読んでいたのは、文学誌だった。
 今は完全に滅びゆくメディアとなりつつあるが、昔はそれなりに権威があった。
 最新の小説を読んで評論を読んでは、「ああ、そういう構造だったのか」とか「えっ、それを読んでないと分からないの?」というような発見をしていた。それが楽しかった。

 もう季節すら覚えていないが、その日も僕は支店から支店への移動時間を利用して、本屋に入ったのを覚えている。
 いつも通り、文学誌のコーナーをぶらぶらしながら、僕は隣りの映画雑誌のコーナーに目を移した。色々な雑誌を手に取ってはパラパラと見て戻した。そのうちの1冊がサメ映画の記事を書いていた。僕はホラーもスプラッターも苦手で自分から観ようと思わない。でも、その日はサメ映画の記事を読んだ。読みながらある1文に衝撃を受けた。

 「全員悪人なので、誰が死んでも心が痛まない親切設計」

 僕はこみ上げる笑いを必死でこらえていた。
 なんだこの雑誌。
 そのまま続きを読んでいた。
 一つ一つの記事が面白かった。

 表紙を観ると「映画秘宝」と書いてあった。

 しかし、僕はその後、「映画秘宝」の読者になったかというと、そうではない。
 毎日の仕事にかまけて、映画を観ることがほとんどなかったからだ。また、本を読んでいるのが楽しかったからだ。
 やがて、30代になり読書だけでなく、映画鑑賞が趣味になって行った。
 まあ、月に何回か安定して映画館に行けるほどのお給料をもらえるようになったり、動画配信のサブスクリプションサービスの力も大きかったりする。
 そして、「映画秘宝」とも再会する。
 多分、スターウォーズエピソード8の頃だ。
 特集によって、買ったり買わなかったりだったが、相変わらず、言葉の力が(特にキャッチコピーが)強い雑誌だった。
 読みながら、もうすぐこんな面白そうな映画もあるのか、この人はこんな観かたをしたのか、と面白かった。もちろん、シリアスな記事や追悼記事も読みごたえがあった。

 そんな「映画秘宝」が休刊になる。
 昼頃に起きて、昼食を食べてから町の本屋さんへ行く。
 なんで、僕がこんな生活をしているかというと、2020年から僕は、無職になっているからだ。
 正直、金なんか1円も使いたくない。でも、これだけは買おうと思って本屋さんへ行った。
 ここは、毎月、3冊「映画秘宝」を入れている。
 映画雑誌のコーナーに行くと、黒いダウンジャケットを着た眼鏡の青年がまさに「映画秘宝」に手を伸ばしていた。もう、誰か買っていたみたいで、残りは2冊だった。僕は最後の1冊を買うとそのままレジに持って行った。果たして、あのダウンジャケット青年は買っただろうか。

 家に帰って「映画秘宝」を開く。
 文字数の多さにクラクラする。
 でも、これが楽しい。
 今年のベストやトホホ映画を多くの映画に関わる人達が書いている。
 名作映画たちについても独自の「面白い」語り口で伝えてくれている記事もある。
 僕みたいな一素人でも、黒澤明の「生きる」風にいうと、「日本中の映画好きな人たちと仲良くなった気がするの」という気分にさせてくれる。
 「正しさ」よりも「真面目さ」よりも「面白さ」の方が、人は受け入れやすく入りやすい。しかし、「面白く」伝えるのはなかなか難しい。それをしてくれたのが、「映画秘宝」だと僕は思う。多分、明日僕はこの中に書いてある映画のどれかを観に行くか配信で観るかするだろう。
 「映画秘宝」が復活する日を待っている。
 僕も必ずその日までに、社会へ復帰しようと思っている。

 どんな映画の表紙で復活してくるのか、ロゴの横はどんなキャッチコピーなのか、そんなことを妄想しながら、今も「映画秘宝」をめくっている。